宗教学宗教史学特殊講義(東大)

【宗教の多様性と共存】
 今後、平和・環境・文明の課題のなかできわめて重要な役割を果たし得る、無宗教+α、また、宗教+αの豊かな人間経験を「複数宗教経験」(inter-religious experience)として捉え、その可能性を、人間と人間、人間と自然、人間と未知なるものの三レベルの共存関係において、具体的事例を通じて探求したい。
 
共存(coexistence)、複数宗教経験(inter-religious experience)、宗教的経験(religious experience)、宗教間対話(inter-religious dialogue)、宗教・無宗教の三極構造、宗教性の行動、文明(civilization)、共有性(commonship)
 
1 大災害と複数宗教性
2 文明の危機と複数宗教性
3 宗教・無宗教の三極構造と宗教性の行動
4 複数宗教経験―宗教間対話と宗教的経験を越えて広がる人間経験
5 マザー・テレサの先駆性
6 『死線を越えて』・「涙の二等分」と賀川豊彦―キョウドウの原点
7 現代の菩薩―自殺・貧困に取り組む日本の仏教者
8 聖徳太子・空海・親鸞・日蓮・道元―その現代文明における可能性
9 日本の自然と神々の未来
10 東アジア共有文化と複数宗教伝統
11 不合理性と宗教―行動経済学の宗教文化伝統への接近
12 世界最大のNGO(協同組合)と宗教―2012国際協同組合年
13 新文明と複数宗教性―様々なる資本と宗教文化伝統
14 解説及び授業内試験
15 全体講評―複数宗教経験の諸相
*社会状況、国際情勢の変化に応じて新しいトピックを加えるため、以上の順序は入れ替わることがある。
 

宗教文化論 Ⅰ

 「共存の哲学」の切り口から、宗教文化の多様性に接近する。日本と東アジアの宗教文化の豊かさ、マザー・テレサの先駆性、世界の宗教多元状況、平和・環境と宗教文化など、宗教+α、無宗教+αの経験である「複数宗教経験」のコンセプトが新しい視点を提示できるトピックに焦点をあてる。
 一神教(キリスト教・ユダヤ教・イスラム教)やヒンドゥー教・仏教のリバイバル、宗教が関わる紛争・テロリズム(平和の対極)、先進国に根づよい無宗教・無神論の空気、霊性への高い関心は、私たちにどのように関係しているのだろうか。また、多宗教と無宗教にまたがる共存の思考はいかに可能だろうか。
 こうした問いに向き合い、グローバル化が進行する現代生活に欠かせない知識として、無宗教を含めて宗教伝統に向き合うリテラシーを身につけることをめざしていく。

日本文化と哲学 Ⅰ

 日本文化史上のユニークな「思想家」として聖徳太子、空海、親鸞、道元、日蓮の五人を中心に取り上げ、彼らを生み育んだ文化的条件、また、その思想と事蹟が日本文化に与えた影響について学ぶ。さらに、この思想家たちの「哲学的思考」のエッセンスを取り上げ、現代に通じるメッセージを見出す。
 春学期には、これら五人のライフヒストリーに注目し、当時の文化的背景、後世文化への影響、現代に再評価すべき哲学・思想のエッセンスについて、基礎的知識を培う。さらに映像授業も取り入れ、多角的な理解を促進する。

近代思想 I

【近代資本主義の抱える矛盾を乗り越えるための近現代思想の課題を再考する】

 大災害、経済不況、貧困、無縁社会が再び大きな社会問題として浮上してきた。そこで、近代日本に大きな足跡を残しノーベル平和賞・文学賞の候補者にもなった賀川 豊彦(1888−1960)の思想と行動を取り上げることにより、日本近代の光と陰を描き出し、現代を再考する新たな鍵を提示したい。
 大正時代最大のベストセラー『死線を越えて』で知られる賀川 豊彦は、貧民救済、労働組合運動、関東大震災救援、農民組合運動、生活協同組合運動、平和運動などに取組んだ社会事業家・小説家・詩人。近代資本主義下におこる貧困、戦争、環境破壊などの諸矛盾を、互助の社会システム構築によって乗り越えようとした。最も海外に知られた日本人の一人として、世界的にも活躍した。
 その上で、文化、自然、技術に関わる世界の思想潮流や先端研究を積極的に検討していく予定である。


近代日本文化研究 I  

 【海外の視点:日本文化論にみる文化交流】
 近代日本と日本文化について考察する際、海外からの視点はときに私たちを叱咤し、また魅了する。海外からの日本理解を時代状況をふまえながら考察し、多様な文化交流の様相を浮き彫りにしていく。
 東アジア、インド、アメリカ、ヨーロッパ、世界の事例をバランスを考慮して扱う予定である。
 『「縮み志向」の日本人』(李 御寧)、『ナショナリズム』(ラビンドラナート・タゴール)、『シュリーマン旅行記・清国・日本』(ハインリヒ・シュリーマン)、『菊と刀』(ルース・ベネディクト)、『表徴の帝国』(ロラン・バルト)、『日本史』(ルイス・フロイス)、『大アジア主義』(孫文)、『弓と禅』(オイゲン・ヘリゲル)、『徳川時代の宗教』(ロバート・ベラ)、『歴史の研究』(アーノルド・トインビー)、『木のこころ The Soul of a Tree』(ジョージ・ナカシマ)など。
 上記はリストの一例であるが、最新の思想や考察も紹介していきたい。


比較文化演習B Ⅰ

 【日本文化を国際的・学際的視野に立って研究】
 日本文化を国際的・学際的視野に立って研究する基礎力を養う。
 【ラウンドテーブル・発表・グループによるゼミ運営】
 最初に、文化研究の基本方法について学び、教員・他受講生とラウンドテーブル形式でディスカッションしながら、各人の関心について情報を共有する。自分の興味が明確になってきたところで、1年をかけて本当に意欲をもって取り組めるテーマを設定する。その上で、数人が所定の発表形式により発表する。
 1プレゼンテーション、2進路、3校外学習、4教員・メンバーの4つの領域に関するグループをつくり、ゼミ運営に貢献することにより、主体的・集合的学習能力を高める。

もう一つの一本松

陸前高田のあのたいせつな一本松からそれほど離れていない場所に、緑の枝々をすべて失ってなお、ひっそりと立ち尽くしている一本の松があります。

2月末、吹雪のなか、雪に埋もれたテトラポットの上を踏み歩き、その松にたどり着いて、ふれてみる機会がありました。死んでいるとはとても信じられない、力強い根と清々しい樹体。大地の健康を凝縮したような、松らしい香りが冷たい大気のなかでいっそう冴えて増幅されていきます。

灰色の空に向かって潔く伸びる姿。

ゴツゴツした木肌を確かめていると突風が吹き、身体を幹に預けましたが、枯死した一本の木がこれほどたくましいとは。まるで力強く祈っているかのようで、怪我をしないですんだこともふくめ、アリガトウネ、アリガトウとつぶやいている我が身に気づきました。

「静かに、わが心よ、これら大きな樹木たちは祈祷者なのだ。」

(ラビンドラナート・タゴール『迷える小鳥』)

「屋久島に、杉の老樹が生息している・・・これらは偉大な樹木であり、その樹体は、全歴史時代を通じて建ち続けていたカテドラルがあるとすれば、それに比することができる。」

(ジョージ・ナカシマ『木のこころ』)

祈っているのは人だけではない、そう感じさせられる出来事です。

Peace Table by George Nakashima
Woodworker and Philosopher who inherited the Soul of a Tree
(Photo by Yo Hamada, in New York, 2010)

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「賀川豊彦、キョウドウの力」

『宗教と現代がわかる本 2012』責任編集 渡邊直樹、平凡社 2012.2.24
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大震災・原発事故から1年。
日本人の生き方はどう変わるのか?
「宗教」と「こころ」から現代の問題に迫る年鑑の最新版。

p236-243
人物評伝「賀川豊彦、キョウドウの力」濱田陽
・未来的な人間
・キョウドウの人
・徹底的な孤独が変化する不思議
・分け、合わせる力の源泉
・自然のなぐさめ、愛の放射

本文抜粋

 ガンディーは非暴力、マザー・テレサは貧しいなかのもっとも貧しい人々、シュバイツァーは生命の畏敬、アインシュタインは相対性理論、宮澤賢治は雨ニモマケズ…。世界に永遠の価値を残したキャラクターは、シンプルな言葉によって深く胸に刻まれ、人類の共有財産となる。
 賀川豊彦も彼らに並び称せられるべき人物だ。しかし、まだ、彼を心に刻み、未来につなげるのにふさわしい言葉が用意されているとはいえない。その理由は、彼があまりにも総合的な、多方面に活動した人間で、霊性をたたえた人物としては、頭脳が明敏にすぎたせいかもしれない。

キョウドウの人

誰があの時代、日本で最大のスラム地区に進んで入っていくことができただろう。誰がそこに住み、死をもいとわぬ苦労を重ね、貧しい人々と泣き、笑いながら生活することができただろう。彼は、自ら望んだわけではない。運命にひきずられるように近代社会の矛盾のただなかに飛び込んで、自らの命を賭けることになったのだ。
 彼の言葉には力が宿った。それが『死線を越えて』が成功した最大の理由だろう。神戸新川での実生活にもとづき、彼の理性と心情は、ほとばしる言葉を生み出した。大正時代最大のベストセラーの力は絶大なもので累計四百万部を売り、改造社は一大資産を築いてバートランド・ラッセル、アインシュタインを日本に初めて招聘し、谷崎潤一郎、志賀直哉など一流の文士が寄稿するようになった。一九二〇年のこの日本出版界の異変は、賀川の言葉に、日本の大衆が反応したことで生じたものである。
『死線を越えて』を生み出した賀川豊彦と大正時代の大衆、無数の求める魂を宿す人々のことを心に浮かべるとき、熱いものが胸に込み上げてくる。九〇年も前の日本を思い、時代の壁を飛び越えて、そこにあった希望を二一世紀の日本につなげたいという情熱が湧いてくる。
 賀川豊彦は、近代日本を明るくしてくれる存在である。そして、彼を支えた無数の仲間たちや無名の人々のことを思えば、その明るさはさらに大きくなる。
 彼を思い出そう。そして、彼のことをこう呼ぼう。キョウドウ(共同、共動、共働、協働、協動、協同)の人と。
 彼が知っていた奥義というものがある。それは、人と人が自発的に力を合わせることによって生み出される新たなる社会関係の潜在力だ。そして、その奥義を、彼は、自然と聖なるものが支えてくれるものであることを深く信じていた。賀川の生き様が、二一世紀において欠かせないのは、そのゆえだ。

分け、合わせる力の源泉  

 共に泣くことならあるかもしれない。不幸や哀しみを背負っている人に心を動かされて、その境遇に同情して泣くことなら。だが、涙を分けることなどできるだろうか。ケーキをナイフで切り分けるように二等分することなどできるだろうか。
 『涙の二等分』―賀川豊彦に、このような不思議な名前の詩集がある。

いのちの資本 (Vita Capital)

いのちの資本 (Vita Capital) 濱田 陽


永遠のいのちは
キラキラ キラキラと
太陽 宇宙が終わっても
輝く光です

流れるいのちは
星 風 水のよう
人と モノ コト お金が
この愛で 流れたら

限りあるいのちに
永遠のきらめきが
不思議に灯る 驚きを
あなたと伝えたい みんなに伝えたい


永遠のいのちは
キラキラ キラキラと
太陽 宇宙が終わっても
輝く光です

(繰り返し)

限りあるいのちに
永遠のきらめきが
不思議に宿る ぬくもりを
あなたと感じたい みんなで感じたい

「限りあるものと限りないもの」『風景の逆照射』

風景の逆照射 Inverse Perspective Project IPP #0 Landscape
会期:2012年1月6日(金)~1月21日(土)
会場:京都精華大学ギャラリーフロール

これは、美術、思想、宗教、建築、詩歌、科学など、多様な専門家が参加し、<風景>と<人間> の相関関係を捉え直すことで、自然や環境に対する近代的な固定概念を、相対化しようとする試みです。

柏原 えつとむ・木下 長宏・杉浦 圭祐・坪見 博之・森川 穣・林 ケイタ・濱田陽・安喜 万佐子・山中 信夫・RAD

http://www.kyoto-seika.ac.jp/fleur/past/2011/0106ipp/index.php

作品タイトル:森川穣(テキスト:濱田陽)「天地(限りあるものと限りないもの)」

「限りあるものと限りないもの」濱田陽

 新しい文明は、限りあるものだけでなく、限りないものにもっと目を向けることが必要だ。仏陀や孔子はどこまでも教えを説こうと尽きることのない情熱を示した。イエスが山上で群衆に分けたパンと魚は皆に分け与えてもなお余った。このメタファーのように良いものを分かち合っても、減らないための知恵と工夫が、今ほど求められている時代はない。それぞれの分野で、限りあるものを限りないものとの正しい関係に置く思考に転換してみよう。そして、限りあるものを占有しがちな人間の欲望を制御する道を求めよう。
 たとえば、地球上の全ての水のなかで利用可能な淡水は0・1%しかないが、循環により再生可能資源となる。また、逆浸透膜のように、海水に含まれる不純物質を濾過して水分子だけを取り出す特殊膜が開発されているが、高価で枚数が限られており、安価に何枚でも製造できることが期待される。そうなれば無限に近い海水を濾過し、有限の淡水に転換できる。

 分かち合いのパターンを考えてみると、次の5つが挙げられるだろう。

 1 限りあるものをそのまま分かち合う
 2 限りあるものの循環によって限りないものとして分かち合う
 3 限りあるものを限りないものに転換して分かち合う
 4 限りないものを限りあるものに転換して分かち合う
 5 限りないものをそのまま分かち合う

 有限性と無限性の関係は、人間にとって永遠のテーマだ。ヒンドゥー教、仏教、神道は、亡くなると魂は輪廻、また、循環すると考え、ユダヤ教、キリスト教、イスラームは限りある現世からの転換、限りない天国での救済を訴えた。阿弥陀信仰やキリスト教は、人間と生きとし生けるものを救うために、無限の命をもった救い主が、限りある人間、衆生の前に現れると説いた。人間は、有限を無限につなげることによって希望を見出してきた。こうした思考形式は、私たちが気づきさえすれば、大きな広がりと可能性をもっている。

 "The Limited and The Unlimited" Yo HAMADA
  In our modern civilization we need to recognize the importance of the unlimited, instead of relying only on the limited. Buddha and Confucius showed an infinite enthusiasm for educating people throughout their lives. Jesus gave bread and fish to the crowd of people on the mountain and there still remained more bread and fish after everyone had had their share. Now wisdom and new ideas that enable us to share the good things we have without exhausting resources, just as in the Biblical metaphor, are needed more than ever before. We have to change our way of thinking to strike a balance between the limited and the unlimited, and we have to seek out ways to bring under control the human desires that tend to lead us to monopolize things that are limited.
 Water resources are a case in point. Of all the water on Earth, the percentage of fresh water that we can put to use is no more than 0.1%. We need to recycle the resources we have. We also need to continue working on the development of reverse osmosis membranes which filter the impurities out of seawater, turning it into fresh water. Production costs of this special membrane are high at the moment, and only a limited number can be manufactured. It is my hope, however, that costs will come down and this technology will become a widely used, practical method of producing unlimited fresh water from seawater.
 The following five items, I believe, constitute the list of the methods of sharing:  

1. Sharing something that is limited while acknowledging its limit  
2. Sharing something that is limited by circulating it endlessly  
3. Sharing something that is limited by converting it into something that is unlimited  
4. Sharing something that is unlimited by converting it into something that is limited  
5. Sharing something that is unlimited infinitely The relationship between the limited and the unlimited has always been and will forever be a core concern for human beings.

   In Hinduism, Buddhism and Shintoism, the human soul is believed to reincarnate or transmigrate, or circulate, after death. Judaism, Christianity and Islam all claim that salvation is attained through a transition from this limited world into a boundless heaven. The worshippers of Amitabha as well as Christians claim that an immortal savior or messiah will appear to humans in mortal form to save all living things on Earth. Human beings have always sought hope by interconnecting the finite with the infinite, and such a way of thinking still has a potential to take us toward broad horizons of possibility.

by 森川穣
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『문화로 읽는 십이지신 이야기 말 (文化で読む十二支神物語)』

韓中日の共通文化の中に根づく象徴体系を比較する学術書。
十二支動物である馬の文化象徴を論じている。
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責任編集 李御寧 열림원 2011년 11월 30일 318쪽 | A5 | ISBN-10 : 8970637206

정오의 햇빛을 달리는 말갈기 속으로_李御寧이어령

제1부 한중일 문화 속의 말 韓中日文化における馬ー神話・伝説におけるヘビ
총론: 한중일 신화·전설 속의 말_최인학崔仁鶴
한국의 신화·전설 속의 말_천진기千鎭基
중국에서의 말 신화와 전설_정재서鄭在書
도호쿠(東北)인들이 사랑한 말의 전설_하마다 요
東北の人々が愛した馬の伝説_濱田陽
・名も無き娘と馬・馬に乗って富士山を越えた聖徳太子
・記紀神話に登場する日常を乱す馬・東北人が心から愛した馬
십이지 말의 신화·전설_박석기

제2부 회화 속의 말 絵画における馬
총론: 한중일 삼국의 말 그림_이원복
한국의 말 그림_이원복
중국의 말 그림_이원복
일본 미술에서의 말_稲賀繁美이나가 시게미

제3부 문학 속의 말 이야기와 서사 구조 文化における馬物語と叙事構造
총론: 한중일 말 이야기의 서사 구조_최인학崔仁鶴
정지용의 잠자는 말_이어령
한국의 말 이야기의 서사 구조_최원오
중국의 말 이야기의 서사 구조_최원오
일본에 있어서의 말_上垣外憲카미가이토 켄이치

제4부 말과 종교 馬と宗教
총론: 한중일의 말과 종교적 예식_천진기千鎭基
한국의 종교 속에서의 말_천진기
중국의 말 신앙_서영대
일본마의 혼에 생명을 불어넣는다_濱田陽하마다 요
日本馬の魂に生命を与える
・日本馬の魂を鎮める・馬型埴輪〜尊くも親しい馬を殉死させないために
・神霊の乗る馬・馬を乗せる菩薩〜馬頭観音・日本馬の魂はよみがえるか

제5부 말의 이미지와 상징성 馬のイメージと象徴性
현대 대중문화와 말_류관현
시공을 응축하는 에마(繪馬)와 일본마_하마다 요·이향숙
時空を凝縮する絵馬と日本馬_濱田陽・李珦淑
・ドラマは馬術に似る・絵馬というドラマ
・東アジア共有文化としての日本在来馬
중화 민족의 정신적 심벌로서의 존재_王敏왕민
中華民族の精神的シンボルという存在

「生命(いのち)と宗教性のコラボレーション」『価値観と行動経済学』

行動経済学会
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/abef/event/20111210/event5.html
・日時 : 2011年12月10日(土)~11日(日) 
・会場 : 関西学院大学 西宮上ヶ原キャンバス

2011年12月10日
特別セッション 13:30-15:45
価値観と行動経済学

座長: 大薗 陽子(成蹊大学)
講演:「無条件の愛に関する価値観と行動経済学」 大垣 昌夫(慶應義塾大学)
講演:「伊勢神宮だから参加する人々-文化的空間が行動 に影響を与えるのか-」 板井 正斉(皇學館大学)
講演:「生命(いのち)と宗教性のコラボレーション」  濱田 陽(帝京大学)

「生命(いのち)と宗教性のコラボレーション」. 濱田陽
 生命(いのち)の尊さを守ろうとする動機から、自らの知性・感性・力を超えた、ある尊い何かに依拠しようとする心性が、複数の宗教や無宗教において発現することがある。この複数宗教性において、注目すべき社会行動が生まれ、経済的に有意味な条件や効果に深く関係する事例と状況が生じる場合がある。
G8メンバーであるカナダ一国のGDP規模にTOP300の取引高が匹敵し、世界最大のNGOともいわれる協同組合に着目、その日本におけるパイオニアでキリスト教社会事業家でもある賀川豊彦の思想と事績を分析し、日本の協同組合諸団体(生協、JA共済等)の近年における賀川再評価と合わせて考察する。

 また、東日本大震災発生時に迅速に対応し、国際組織としてもっとも早い時期から支援活動に取り組んだ韓国の宗教NGO(大韓仏教曹渓宗、カトリック、プロテスタント)の聴き取り調査から、それぞれの宗教的価値観が行動に及ぼす影響と、その経済的基盤について考察する。
以上、2012年が国際協同組合年に決まり、国際社会において新たな関心を集めつつある協同組合と大災害に対応する宗教NGOの2つのトピックから、価値観と行動経済学をめぐる諸問題にアプローチしてみたい。

第一回 宗教間対話ワークショップ

2011年 12月3日 土曜日 · 13:00 - 17:00
慶應義塾大学三田キャンパス
日本宗教ネットワーク懇談会(Japan Religions Network Colloquium)

「異なる宗教の間の壁を取り払い、
個々人のスピリチュアリティの深まりを目指すワークショップ」

「新たなる協同組合文化をもとめて〜」 『公開フォーラム 国際協同組合年に向けて』

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UNITED NATIONS DECLARES 2012 INTERNATIONAL YEAR OF COOPERATIVES
国際協同組合年 세계협동조합의 해

キリスト教インターネット新聞
クリスチャントゥデイ
http://www.christiantoday.co.jp/article/3805.html

第3回フォーラム 
2011.11.25(金)14:00~17:00 社団法人全国労働金庫協会 9F大会議室
司会:加山久夫(賀川豊彦記念松沢資料館館長)
挨拶:石橋嘉人(社団法人全国労働金庫協会理事長)
挨拶:田原憲次郎(全国労働者共済生活共同組合連合会代表理事理事長)
講演1 小林正弥(千葉大学大学院教授)
「友愛公共社会を創る〜いま協同組合を考える〜」
講演2 濱田陽(帝京大学准教授)
「共有文明とトヨヒコ・カガワ〜新たなる協同組合文化をもとめて〜」
 
「新たなる協同組合文化をもとめて〜」 濱田陽
1涙
 なぜ人間は協同するのか、協同できるのか?の問いに対する哲学的・倫理的・宗教的基礎
 
「おいしが泣いて、目が醒めて、お襁褓を更えて、乳溶いて、椅子にもたれて、涙くる。男に飽いて、女になつて、お石を拾ふて今夜で三晩、夜昼なしに働いて、一時ねると、おいしが起こす。(中略)貰い子殺しの、残しの、干し損ねられた、この梅干の実(中略)『え、え おいしも、可哀想じやが、私も可哀想じや、 力もないに、こんなものを、助けなくちやならぬと、教へられた、私—私も、可哀想じやね』」
「『あれ、おいしも泣いてゐるよ あれ神様 おいしも泣いてゐます!』」『涙の二等分』
 
 涙とは?  涙の二等分とは?
 
2生命の価値に合致する協同組合
自然・宇宙[生命・力・自由・成長・選択・法則・目的]=人間社会[保険組合・労働組合・販売組合・信用組合・共済組合・利用組合・消費組合]
「愛は七つの価値要素を一つにしたもの」『自由組合論』
 
3キョウドウの人、トヨヒコ・カガワ
 ①人間の悲惨と希望の双方を理解
 ②世界を明るくする(グローバル資本主義の矛盾を乗り越える事業) 
 ③文化の力(『死線を越えて』のインパクト、クリスマス的人物:共有宗教文化としてのキリスト教) 

4絶望のなかで見出す希望
(1)自然のなぐさめ
(2)共済共助(侠客道 vs.武士道)
(3)人間の想像力と超越的なもの(+αの倫理 ex.愛・慈悲)による人間の尊厳の回復
 
5二十一世紀に注目をあつめる協同組合
 ・世界最大のNGOとして国連参加:10億組合人、1億雇用者、TOP300でカナダGDPに匹敵
 ・超資本主義(R・ライシュ)における対抗手段としての期待、コミュニティ協同組合等の登場
 ・金融危機後の協同組合金融機関への再評価
  
6新たなる協同組合文化
「協同組合は、共同で所有し民主的に管理する事業体を通じ、共通の経済的・社会的・文化的なニーズと願いを満たすために自発的に手を結んだ人びとの自治的な組織である」
(「協同組合のアイデンティティに関するICA声明」1995)
「相互自助を通じて経済的にも社会的にもみずからの状態を改善していく人びとの能力に対する信頼があるのです。(中略)「協同組合のアイデンティティに関する声明」はこうした哲学的見解に基づいています。」
「協同組合は異なる文化、宗教、政治的信条をもつ人びとが和解することを助けることができます。」
「これからの世界において、文化的・知的・精神的な面でよりよい生き方の提供を支援することは、協同組合が組合員に役に立ちコミュニティに貢献することができる最も重要な方法の一つとなりうるのです。」
「世界中の協同組合は、すべての主要な宗教やイデオロギーを含む一連の豊かな信念体系の中で発展してきた」(「協同組合のアイデンティティに関するICA声明」の背景資料 1995)
 
「協同組合が直面している最大の挑戦課題は、(中略)自信をなくした協同組合人の心のなかにあったのです。」(「21世紀に向けての協同組合の宣言」1995)
 
「協同組合は文字通り地方文化の中心となり得る。然し乍らここに考えねばならぬことは、協同組合は決して資本主義ではない。(中略)利益の払戻しと云うことは、個人的にも団体的にも、博愛精神に徹底していなければ、決して実行できるものではない。(中略)日本の仏教は須らく「華厳十地」の精神から再出発する必要がある。「華厳十地」の精神を要約すれば、博愛と云うことになる。そして博愛の極地は贖罪愛である。即ち、キリストが人の罪まで引被つて飽く迄人類を愛して行こうと云う宇宙修繕の原理にこそ、社会連帯意識の運動はその根底を発見せねばならむ。」「協同組合文化」「第十三章 農業協同組合の職分」『新協同組合要論』
 
 共有性(ともにたもつ Commonship)
人間と人間、自然と人間、未知なるものと人間の間で〈ⅰ関係〉、大切な対象を〈ⅱ対象〉、幸福価値、環境価値など重要な諸価値の総体が増すように〈ⅲ価値〉、適切な方法によって分け、又は、合わせて〈ⅳ方法〉、ともにたもつ〈ⅴ状態〉こと(濱田「共有文明」『比較文明』27、2011)
 
   共有性原理…………………………共有的権利:限定的、包容的権利
     ↑
私的所有← →社会的所有
     ↓
   占有性原理…………………………占有的権利(所有権):包括的、排他的権利 
☆共有性にもとづく文明の構築に貢献する協同組合
1)共有の対象への理解を深め、広げること ex.物質・生命の基本単位、枯渇性資源等
2)人間間の協同に加え、自然や超越的なものとの「協同」の感性 
  ex. バイオミミクリー(biomimicry 生物模倣科学/ジャニン・ベニュス)、アース・デモクラシー(ヴァンダナ・シヴァ)
3)貨幣(事業高、GDP)以外の尺度への対応 ex.新経済財団(英)、カーネマン等の行動経済学
 
7笑顔
「あの童心の微笑を浮かべて、挨拶なさいました」小田切信男「月報8」『賀川豊彦全集』第17巻添付
「可愛いから、泣いちゃいけないよ。可愛いね」『死線を越えて』

「共有文明ー共有性にもとづく新文明の考察」

『比較文明』第27号(2011)比較文明学会 2011.11.30
共有文明ー共有性にもとづく新文明の考察 p48−60

はじめに
 この論文では、現代文明の問題性を明らかにし、それを乗り越えるものとして共有性を原則とする新文明について考察したい。
【共有性】人間と人間、自然と人間、未知なるものと人間の間で、大切な対象を、幸福価値、環境価値など重要な諸価値の総体が増すように、適切な方法によって分け、又は、合わせて、ともにたもつこと
 この新たなコンセプトを表記するために「ともにたもつ」という和語、commonship(コモンシップ)という英語を併用する。そして、共有性を原理とする文明は、共有文明、ともにたもつ文明、Commonship Civilizationと表現する。なお、「文明」という言葉で広範囲な影響力をもつ生活様式とその形成物群ととらえることとする。
 以下、五つの論点すなわち関係、対象、価値、方法、状態から検討する。 
 共有地の悲劇、コモン・プール資源の研究以降、拡大、分化してきたコモンズ研究を文明論につなげ、アース・デモクラシー、バイオミミクリー、世界基金など新文明を切り拓こうとする着想の背後に通底する原理すなわち共有性を見出してみたい。

1 人間と人間、自然と人間、未知なるものと人間の間で(関係)
2 大切な対象を(対象)
3 幸福価値、環境価値など重要な諸価値の総体が増すように(価値)
4 適切な方法によって分け、又は、合わせて(方法)
5 ともにたもつこと(状態)

書評『文明の衝突とキリスト教ー文化社会倫理学的考察』

東方敬信著 教文館 2011
『比較文明』第27号(2011)比較文明学会 p182−186 

 本書は、ハンティントンの「文明の衝突」論が諸文明をつらぬく人間としての「共通項」を見出す必要性を指摘したことを受け、新たな文化、社会、倫理の構築にキリスト教が果たしうる役割について考察する。
 筆者にとって最も重みをもってせまってきたのは、最終章の第九章で展開されている、H・リチャード・ニーバー著『キリストと文化』(一九五一)再考の作業である。

抜粋
 筆者の考えでは、本書のようなアプローチをキリスト者であるか否かに関わらず受けとめるには、自身の信仰、信条に加えて、複数宗教経験(IRE=inter-religious experience)のとらえ方が不可欠となる。これは、自らの宗教・無宗教に根ざしながら、必然的に、他の宗教・無宗教に関わり、その過程で、無関心、偏見、差別、衝突など相互の限界を乗り越える、継続的な経験の総合をいう(拙著『共存の哲学』等)。
 著者は第九章最終節「対抗文化の課題」で、マハトマ・ガンディーの七つの社会的罪を紹介している。『ヤング・インディア』紙にガンディーが発表(一九二五)したものと順序と内容が若干異なるが、それは、原則なき政治、労働なき富、人格なき知識、道徳なき商業、人間性なき科学、犠牲なき礼拝というものだった。
 ヒンドゥー教徒としてムスリムをはじめ多様な宗教、無宗教の人々と友情を深めながら、その協力によって非暴力運動を展開していったガンディーの言葉は、罪(Sin)というキリスト者の胸元に突き刺さる表現をあえて用いることによって、イギリスをはじめとする帝国主義を内側から変容させようとする意図をもっていたはずである。 
 ハンティントンは文明を語る上で断層線(fault line)という地質学的メタファーを用いたが、考えてみれば、faultという言葉そのものが、裏切る、不足するなどの意をもつラテン語fallereに由来し、過失責任や罪、欠陥の意味で使われている。自然現象にネガティブな価値付けを与え、それが、文明を語る上でも用いられていたということではないだろうか。これではガンディーのsinの用い方と異なり、自身の中にもある罪や過失を含めて問題にするという姿勢に「不足する」ことになろう。世界の多極化の議論の是非とは別にハンティントンが用いたメタファーの限界や弊害については、今なお慎重であるべきだろう。
 東日本大震災以降、自然の断層線そのものの方に私たちは意識を向けざるを得なくなった。そして、大災害に対応するためには、断層線を含む全地球的な自然の変動を巨視的かつ微細に捉え、それを総合し、人災の要因も含めて分析し、情報を共有する努力をしなければならないことを思い知らされたのではないだろうか。
 ガンディーが投げかけた社会倫理の言葉のつぶてを、著者が受けとめていることから、著者の考える「共同体」が、宗教のちがいを乗り越え、現代文明に引き継がれた病に立ち向かい、地球的課題に取り組もうとするものであることが分かるのである。
  

『문화로 읽는 십이지신 이야기 뱀 (文化で読む十二支神の物語 へび)』

韓中日の共通文化の中に根づく象徴体系を比較する学術書。
十二支動物であるヘビの文化象徴を論じている。
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責任編集李御寧 열림원 2011년 10월 31일 303쪽 153*224mm

아시아의 상상력에 똬리를 튼 뱀 李御寧이어령

제1부 한 중 일 문화 속의 뱀 韓中日文化におけるへびー神話・伝説におけるヘビ
총론総論 : 한중일 신화ㆍ전설 속의 뱀 최인학崔仁鶴
한국의 신화ㆍ전설 속의 뱀 천진기千鎭基
중국의 신화ㆍ전설 속의 뱀 정재서鄭在書
뱀은 근사한, 살아 있는 척도 濱田陽하마다 요
蛇はかっこいい、生きた物差し
・かっこいい大蛇:八岐大蛇伝説・蛇神のプライド:大物主の神
・生きたスケール:人に自然の識別力をもたらす蛇・未来の蛇神話


제2부 회화 속의 뱀 絵画におけるヘビ
총론総論 : 한중일 회화 속의 뱀 이원복
한국 회화 속의 뱀 이원복
중국 회화 속의 뱀 이원복
일본 미술 표현으로 보는 뱀 稲賀繁美이나가 시게미

제3부 문화 속의 뱀 이야기와 서사 구조 文化におけるへび物語と叙事構造
총론総論 : 한중일 뱀 이야기의 서사 구조 최인학崔仁鶴
한국의 뱀 이야기의 서사 구조 최원오
중국의 뱀 이야기의 서사 구조 최원오
일본의 뱀 이야기의 서사 구조 上垣外憲一카미가이토 켄이치

제4부 뱀과 종교 へびと宗教
총론総論 : 한중일 뱀과 종교적 예식 천진기千鎭基
한국의 종교 속에서의 뱀 천진기千鎭基
중국의 종교 속에서의 뱀 서영대
대지와 바다와 하늘을 이어주는 생명의 뱀 하마다 요
大地と海と空をつなぐ生命のヘビ 濱田陽
・大地の神への敬意・太古の地主と神の使者〜見えるものと見えないものをつなぐ
・縄文土器から稲ワラのヘビまで〜大地と人間の共存・海の神秘を八百万神の先頭に
・天のヘビ〜天と大地をつなぐ


제5부 뱀의 이미지와 상징성 へびのイメージと象徴性
현대 대중문화와 뱀 류관현
뱀이 지칭하는 수많은 아이콘과 상징성 이우환
일본인과 뱀의 문화력 하마다 요ㆍ이향숙
日本人とへびの文化力 濱田陽・李珦淑
・現代における蛇の力・命と環境を守るヘビ研究・日本の国土計画とヘビ
인간의 욕망을 비추는 중국의 뱀 王敏왕민

부록: 십이지의 민속 전승_이서령

「共有性と未来文明」

2011.11.20 第29回比較文明学会 中央大学

第1日(11月19日)

基調講演 14:00~15:00   
島薗進「日本文明を中心に」(仮)

公開シンポジウム 15:10~17:40  
「文明とコスモロジー:<いのち>をめぐって」
パネリスト:小倉紀蔵、小林道憲、高橋誠一郎、奈良修一、保坂俊司

第2日 (11月20日)

第一企画テーマ・・生命文明の時代へ 10:45~13:45 
安田喜憲、町田宗鳳、金子晋右、鈴村祐輔、保坂俊司

第二企画テーマ・・限りある自然、変化する自然を人類は生き延びられるのか?14:00~17:00
-東日本大震災と原発事故で考える-
星野克美、原田憲一、犬塚潤一郎、濱田 陽、池田 誠
司会:染谷臣道(静岡大学名誉教授)


「共有文明とアジア」『辛亥革命100周年をむかえる東北アジアの未来戦略』

第三回韓中日文化国際シンポジウム  
2011.11.15 北京大学
主催:(財)韓中日比較文化硏究所・北京大学比較文学・比較文化研究所・大手前大學 交流文化硏究所
後援 : 文化観光分。海外文化広報院・駐中文化院・亜州経済新聞

全体主題: 新文明の軸、東北アジアの均衡と調和
 
全体進行社会:
<1部> 13:30-15:00司会:劉建輝(Liu jianhui)(国際日本研究センター准教授)
1.開会辞:司会者
2.挨拶の言葉:李御寧理事長
3.祝辞:(1) (2)
4.基調発表(30分)主題:文字(ハングル、漢字、カタカナ)の共生
発表:厳紹湯(北京大学校教授)
指定討論:ジョン・ジェソ(梨花女子大学校中国文学科教授)
 
<2部> 15:00-16:00司会:ジョン・ジェソ(梨花女子大教授)
5.主題:大陸半島海洋文化の葛藤と調和
発表:イ・ヘスン(梨花女子大学校名誉教授)
指定討論:招慰産(山)(北京大学校外国語学院 韓国語学と副教授)
指定討論:上垣外憲一(大手前大学教授)
 
<3部> 16:00-17:00司会:上垣外憲一(大手前大学教授)
6.主題:共有文明とアジア-辛亥革命100周年をむかえる東北アジアの未来戦略
発表:濱田陽(帝京大学大学准教授)
指定討論:李珦淑(韓中日比較文化研究所客員研究員)
指定討論:孫建軍(北京大学校教授)
 
<4部>総合討論(17:00-17:30)
総評:上垣外憲一(大手前大学教授)

「博覧と宗教の世紀間跳躍」

日時:2011年11月12日 午後1時30分より
場所:新潟大学 五十嵐キャンパス

「万国博覧会と近代日本」

伊藤 真実子 (学習院大学東洋文化研究所研究員)
「19世紀の知の潮流-百科事典・博物学・博覧会」
佐野 真由子(国際日本文化研究センター准教授)
「『万国博覧会の日本』を誰から見るか
    -1862年第2回ロンドン万博を事例として」
濱田 陽 (帝京大学准教授)
「博覧と宗教の世紀間跳躍」

19世紀学会
http://www.isc.niigata-u.ac.jp/~globalstrategy/19thcenturystudies.htm

「博覧と宗教の世紀間跳躍」

 1893年、シカゴにおいて世界初の大規模な近代的宗教間対話会議(9.11-27)が開催されたが、これは、シカゴ万国博開催(5.1-10.3)に連動しての出来事であった。19世紀日本においても政府が参加した万博、国内で開催されたの博覧会に宗教との関連性を見てとることができる。日本の宗教文化が海外へのイメージ戦略としてアピールされ、また、国内開催地には社寺が多く用いられた。そこでは、博覧と宗教の親和性と近代的分化の双方を見て取ることができる。

 こうした博覧と宗教の19世紀的様相が、明治・大正・昭和・平成の博覧会を通じていかなる変容を遂げ今日にいたったのかを展望してみたい。さらに、そこで得られた示唆から、持続可能な文明のあり方が求められる今世紀において、博覧性と宗教性を兼ね備えた有形・無形共有文化としての21世紀的祝祭が可能となる条件の考察に及んでみたい。

「大災害と複数宗教性 Plural Religiosity in Catastrophe」

2011.9.3 宗教学会 関西学院大学

隣国・韓国宗教界の経験に耳を傾け、大災害に対処する宗教文化の知恵についてより広い視座を得ることを目的に、二〇一一年八月に「韓国宗教界と東日本大震災の経験」と題した予備調査をソウルにて実施した。質問は、①東日本大震災発生直後の経験(初発経験)、②祈り、募金、物資支援、人員派遣など具体的な支援内容と推移について(宗教界の支援)、③宗教者として今回の大災害をどのように考えるか(宗教者としてのアイデンティティ)、④宗教や専門の違いを超えて大災害に対応することの課題について(宗教間・分野間協力)、⑤隣国の宗教者としてとくに気がついた点や疑問点(隣国・韓国の視点)の五項目を伝え、予めメディア情報等を把握した上で、新たな経験や視点を聴き取るよう心がけた。現実には、下記組織の当事者は、被災された方々の落ち着いた態度に強い印象を受けつつも、感情をおし殺しているのではと胸を痛め、必要以上の物資統制が壁になり、現地行政担当者に申し出た支援を断られるなどの状況に直面したが、得られた経験は深い示唆を与える。

プロテスタントの韓国キリスト教連合奉仕団は大震災発生翌日三月十二日から来日し、十八日まで七名で支援活動を行った。代表牧師自身の不遇な人生経験に根ざす被災者の状況把握、九五年のソウルのデパート崩落事故直後の支援活動を契機とし、同組織は、最も早く被災地に駆けつけるNGOとして韓国内で認知されている。宣教を目的とせず、被災者と苦労を「共に」し、後に続く団体や政府が来るまでのつなぎを使命とする。事務局長のI牧師は、今回も、とにかく小さいことでも、聖書のサマリア人のたとえのように何かしたいという気持ちで駆けつけ、救援活動、物資援助を行ったという。NGOに対しても物資統制があり困難をきわめたが、青森県公務員が物資購入許可証やトラックを手配してくれ、国や宗教の違いを超えた協力で被災地にかけつけることができた。

カトリックの社会福祉支援NGO韓国カリタスの国際協力長S氏は、大震災はまるで韓国内で起きたように感じたという。三月十三日に対応を決定し、世界に一六五あるカリタス組織の内、最も早くまず手持ちの十万ドルを支援した。一番先に国際支援に働いてきた日本カリタスと近い関係にあり、今度は世界中のカリタスがその支援に熱心になった。入ってきた資金はその年に全部使うルールで資金が足りないという感覚はないという。カトリックの宗教間対話を担当する宗教間一致委員会のY国際委員会ディレクターは、韓国の宗教間対話の二つの協議体は七宗教が平等に一票をもち、信者数や支援金で左右されていない。純粋に人道的な支援に於いては、政治的な理念から離れることで、それほど違いなく諸宗教は一致でき、「隣の宗教」として、祈りを共にできると語る。

韓国仏教の曹渓宗福祉財団のC事務局長は、日本は仏教国というイメージがあり、仏教信者も多く、自分たちが被害を受けたような気がしたという。休日の土日も出勤して情報を収集し、月曜に住職に報告、一番早い先発隊を出すという指示を受けた。仏教界として素早い対応をすることで、伝道目的などの心理的負担をかけず支援ができると義務感を感じ、現地入りを最優先した。航空券の確保が困難であったが、三月十五日に支援に入り二〇日に帰国した。日本の仏教界と共に支援をした方がいいと考え、一緒に追善供養の儀式をしようということも決めた。目前にした現場では、亡くなった方々が苦しみから逃れ、極楽往生できるよう願って祈祷した。仏教TV放送も随時放送しており、韓国の仏教信者も仏像が倒れる等被害状況をその都度知ったため災害支援、募金に極めて積極的である。

以上、日本の大災害に際し、救援・支援という共通の目的に、隣国・韓国において複数の宗教性が独自の文脈から各々鋭敏に反応し、行動がなされたことが汲み取れるのである。

「共有性(Commonship)と新文明のヒントを求めて」(比較文明研究会)

共同研究会(比較文明・環流文明研究会)2011年6月11日

発表概要

「 共有性(Commonship)と新文明のヒントを求めて
                                 濱田陽

5月28、29日に石巻と南三陸町で被災地支援活動に加わって来ました。生活者の記憶を刻みながら近代文明の廃墟とも言わざるをえない瓦礫に接し、また、市場や社会システムの寸断を前にして、私たちが来らせるべき文明は、こうした限界の根本的克服を組み込んだ文明でなければならないことを実感しました。

今回の発表では、動的な共有性=コモンシップ(commonship)を切り口にして、新文明を構想したいと思います。共有性とは、「人間にとって大切な諸価値の総体が増すように、分け、又は、合わせて共にもつこと」であり、この場合の人間は、自然の一員として捉えます。

環流文明研究会におけるこれまでの議論では、厳しい資源予測のデーターに基づき、エネルギー省力化、再生可能エネルギーの導入、人口問題のソフトランディング、食糧安全保障などの重要性が具体的に提示されてきました。

私は、これらの提案を含む、新たな文明の達成のためには、「分け、又は、合わせて共にもつことによって一人あたりの使用価値、交換価値、効用が低減する」という考え方を貫徹する、近代文明に内在している占有原理を克服していく必要があると考えます。

とくに、物質の基本単位に関わる原子力技術、生命の基本単位に関わるモダン・バイオテクノロジー、枯渇性資源について、占有原理を許してきた今日の文明の問題点を明るみに出すために、共有性の議論が不可欠となります。

瓦礫を生み出さないことを理想とするバイオミミクリー(Biomimicry:生物模倣科学)、現在の市場システムの限界を乗り越えようとするミレニアム・プロジェクトと世界基金、生命資本主義(Vita Capitalism)などの近代文明の限界の克服をめざす新たな試みの核心には、自然と人間の共有、人間間の共有につながる発想を析出することができます。

総合的かつ動的なコモンシップの視点によって、今日の個々のコモンズ(commons)研究が示唆してきた知見を、文明的テーマに接続することが可能になるはずです。

占有原理から「環流」を導くには、非常な迂回路が求められ、あるいは、その試みの多くが不可能となると私は懸念します。しかし、共有性が基礎にあれば、「環流」へとつながり、収奪性の克服を志向する文明の創造を動機づけることができるのではないでしょうか。

コモンシップ論のアウトラインを描きながら、以上の論点を検討する予定です。私は、拙著『共存の哲学 複数宗教からの思考形式』(2005)のなかで、人間間の共存、人間と自然の共存、未知との共存という三つの共存形態の必要性を担保する重要な人間経験として、複数宗教経験(inter-religious experience)を論じました。

共有性のテーマは、さらに新文明の創造という課題を考えるなかで浮上してきたものです。今後、理論的にも事例的にも鍛え、諸般の研究と接合させつつ、育てていきたいと考えています。」

「賀川豊彦と海洋文明 ―死線と大震災を越えて―」『宗教と社会貢献』

紙媒体を持たないBorn Digitalジャーナル
SSN:2185-6869
「hyousi.pdf」をダウンロード

毎日新聞5月30日
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第1巻 第1号 (2011-04)

創刊の辞 稲場 圭信 p.1

論文
無自覚の宗教性とソーシャル・キャピタル 稲場 圭信 pp.3-26
ソーシャル・キャピタル論の射程と宗教 櫻井 義秀 pp.27-51
賀川豊彦と海洋文明―死線と大震災を越えて― 濱田 陽 pp.53-77
宗教活動は社会貢献活動か?
―「宗教団体の社会的な活動に関するアンケート調査」の分析― 寺沢 重法 pp.79-101

フォーラム報告
多宗教の実践知が社会を救済する―「共生社会と宗教」を終えて― 山口 洋典 pp.103-109

博士論文概要
『野宿者支援における宗教の社会参加 ―Faith-Related Organization の観点から―』 白波瀬 達也 pp.111-118

書評
磯村健太郎著『ルポ 仏教、貧困・自殺に挑む』 髙瀬 顕功 pp.119-123
細谷幸子著『イスラームと慈善活動 ―イランにおける入浴介助ボランティアの語りから―』 葛西 賢太 pp.125-128

奥付・投稿規程 pp.129-130


賀川豊彦と海洋文明 ―死線と大震災を越えて―」濱田 陽 pp.53-77

1. 東洋の使徒

2. 社会事業と海洋  

賀川豊彦と海
近代資本主義がつくりだした港湾都市とスラム
大労働争議から互助の組織へ
大震災、近代文明の脆弱性
漁業国日本の使命
海洋アジアと世界への発信
祈りの場、太平洋

3. 思想と海洋

海と人間の本質
海底と信仰
発見・発明/愛/協同~賀川豊彦のメッセーシ

4. 文明的課題に対する総合的アプローチ

フルテキストへのリンク :
http://ir.library.osaka-u.ac.jp/metadb/up/LIBRSC/rsc01_01_053.pdf

日本十二支考(卯)

帝京大学文学部紀要 日本文化学 https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/tos4-3.html
第42号 2011.3.31
原文PDF p141−167
https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/nichibun42-03.pdf

日本十二支考(卯) 濱田陽

一 月うさぎといとおしい希望ー日本の神話・伝説のなかの兎

1 月をながめる日本人
2 因幡の素兎とかぐや姫
3 月うさぎと生きた観念
4 『ジャーカタ物語』と玄奘三蔵
5 『今昔物語集』と良寛の希望

二 野うさぎと多様なる豊穣のシグナルー日本の宗教・文化のなかの兎

1 豊穣のシグナル ー鳥獣戯画とかちかち山ー
2 多重象徴性と白のマジック
3 野山の生命力と野うさぎの民俗
4 野と月の交感 ー中秋の名月と餅つくうさぎー
5 野と日月 ー卯と大嘗祭

 

うさぎたちと日本の近現代 ー日本十二支考(卯)生活文化篇ー

帝京大学文学部紀要 日本文化学 https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/tos4-3.html
第42号 2011.3.31
原文PDF p169−184
https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/nichibun42-04.pdf

うさぎたちと日本の近現代 ー日本十二支考(卯)生活文化篇ー 濱田陽・李珦淑(イ・ヒャンス)

1 四つのメタファー ー月うさぎ・野うさぎ・穴うさぎ・飼いうさぎー
2 穴うさぎのメタファー ー地下世界へのガイドー
3 飼いうさぎのメタファー ー心の鏡ー
4 現代版「兎王本生譚」 ーうさぎの犠牲ー
5 月うさぎと野うさぎのメタファーへの回帰
6 飼いうさぎ的内省を跳び越えて

 

「大震災と共有文明(Commonship Civilization)」

 濱田陽の共有原理、共有文明論の初出は、2011年3月29日に北京大学で開催される予定だった国際シンポジウムの発表原稿になります。これは大震災のほぼ一ヶ月前に完成していました。
 この度の大震災を受け、シンポジウムは2011年11月に延期になりましたが、濱田陽の論文「共有文明とアジア」は、主催者であるソウルの(財)韓中日比較文化研究所のホームページに日本語・韓国語・中国語の三言語によって掲載しています。

原文pdfファイル
KYOBO 学術論文サイト

http://scholar.dkyobobook.co.kr/searchAcademy.laf?keyWord=&vendorGb=01&academyCd=20036&journalCd=all&bookCd=&srchInJnField=&srchInJnName=&srchInAcField=&srchInAcName=&sort=START_PAGE&sortid=0&startno=0&abs_yn=N

 以下は、その内容に依拠しつつ、大震災後の考察を加えたものです。


「大震災と共有文明(Commonship Civilization)」 2011年3月30日 濱田陽 


【大震災と共有】

 この度の大震災に遭遇し、翌日から、日本というシステムが多領域において変更を余儀なくされると直感し、現代の文明システムが大きく変わらなければならないという思いがいっそう強くなりました。
 人間が自然とともにあり、同時に文明をもつというこの現実を、数多くの痛ましい犠牲を目にするなかで、どのように受けとめていくべきか、あらためて考えさせられています。
 いぜん現在進行形の、この度の事態を受けて、現時点での考えをまとめておきたいと存じます。
 この度の大震災の教訓をどのように考えるのかについて、「共有原理」(principle of commonship)から論じたいと願っています。
 自然災害・人災に備え、新文明を創造するため、何が最も大切で本質的であるのか、視点を示すことができるように努力したいと存じます。

【共有と共有原理】

 人間は自然に対して、同じ種の人間に対して、収奪し、占有(独占的消費をふくむ)してしまいます。この逆を思考するために、「共有」というキーワードが必要であろうと考えています(ここで共有をcommon ownershipとすると狭い意味になってしまいますので、私は、commonshipという言葉を採用しています)。
 私は、「共有」には、分けて共にもつ場合と、合わせて共にもつ場合の両方がある、つまり、分化と統合の二つのベクトルが含まれていると考えています。

 そして、分け、又は、合わせて共にもつことにより、(自然の一員としての)人間にとって必要な諸価値(幸福価値、環境価値等々)の総体が増すことを「共有原理(principle of commonship)」と呼び、その存立条件を論じてみたいと思います。また、この原理の展開として共有関係・共有対象・共有形態についても考察してみたいと思います。
 幸福や食糧を分かち合う場合にも、力や情報をひとつに合わせる場合にも、「共有原理」の対象となります。 
 私有の資本主義、公有の共産主義ともども占有と収奪の呪縛から逃れることができないできました。これらがどのようにバランスを崩し、あるいは、変節することによって収奪や占有につながってしまうのか、この点にもメスを入れなければならないと思います。

共有原理(principle of commonship)
「分け、又は、合わせて共にもつことにより、人間として必要な諸価値(幸福価値、環境価値を基本とした上で、使用価値、交換価値、効用などもふくむ)の総体が増すこと」
*「人間として」というのは、人間にのみ都合が良い、ということではなく、自然の一員としての人間という位置づけです。

占有原理
「分け、又は、合わせて共にもつことにより、一人あたりの使用価値、交換価値、効用が低減すること(逆にいえば、分けること、又は、合わせることをせず、占有することによってのみ、一人あたりの使用価値、交換価値、効用が確保されること)」

【共有文明】

 人間と自然、人間と人間の「共有原理」に基づく文明を「共有文明」としますと、「共有」は主体の動作を表わしていることになります。
 もちろん、自然の一部としての人間が、他の生命と自然を「共有」するといった場合、「共有」していると考えるのは人間であるという限界がともないます。この点についても、自覚的であらねばならないと思っていますが、収奪や占有の克服のために共有原理を探求することは、意義があると考えます。

【共有原理と物質の基本・生命の基本・枯渇性資源】

 共有文明においては、少なくとも以下について、私企業や国家の知的財産権、所有権、軍事機密など占有原理にもとづく現体制に一定の制限を加え、システムの再編が不可避であり、共有原理の導入による運用システムの構築が必要であると考えます。

・物質の基本的な単位に介入する技術・産業(とくに原子力 放射性物質の拡散は共通の災厄)
・生命の基本的な単位に介入する技術・産業(とくにモダン・バイオテクノロジー 同じく組み換え遺伝子の拡散は共通の災厄)
・枯渇性資源に関する技術・産業(ハバート・ピークの石油、鉄など 限界が近い資源の占有は道義的に正当化しがたい)

 以上の問題に取り組むためには、地球的・国際的、地域的レベル(東北アジアでは日中韓など)で専用の基金、機構、ソーシャル・ネットワークが必要になりますが、それぞれのデザインの核に共有原理が組み込まれなければならないと論じたいと思います。
 公共財(コモンズ)としての環境、生命、資源の視角が重要であるのはもちろん、人間が自らつくり出す文明によって、これらにいかにトータルに関わるかという問題について、一貫した共有原理が求められる危機的段階に至ったと考えます。

【コモンズ論を超えて】

(現代)文明の収奪性、及び、これまでのコモンズ論との接合性を図りながら、「共有原理」についての考察を展開すると良いのではと考えています。

私の考えでは、コモンズ論は、どのようなコモンズを論ずるのかという客体から出発しているように思います(2009年度ノーベル経済学賞を受賞した政治学者オストロムの議論も、コモン・プール資源の定義を立脚点としています)。しかし、客体から出発するアプローチでは論者による様々なコモンズが設定されながら、その相互関係を論じることが難しく、文明論に発展させることができないと感じています。

そこで、共にもつという動作を出発点としたアプローチをとり、共有地、資源、生命、情報など客体ごとに分化してきたコモンズ論の成果を、文明論に取り入れる道を切り開きたいのです。

【共有文明の実現】

 話を具体的に展開するため、これまでに提起された、代表的な提言を取り上げ、共有原理からの再解釈を試み、アイデアを加える記述スタイルを考えています。
 たとえば、国連ミレニアム・プロジェクトを担当するジェフリー・サックスの提言は、世界各国が総GDPの2〜3%を支出し、気候変動緩和、気候変動適応、生物多様性維持、砂漠化抑制、世界人口抑制、持続可能な開発のための新技術開発、貧困解決、に資金を振り分け、必要に応じて専用の世界基金、機構、ネットワークを創出することで(サックスは7種類の世界基金を挙げています)、差し迫った危機から世界を救うことができるというものです(Common Wealth 2009)。
 彼は世界最大の民間財団であるゲイツ財団も年間10−30億ドルの出資であり、貧困、病気、気候、エネルギーシステム、人口など世界的問題を解決するには、毎年数千億ドルの出資が必要であると見積もります。
 この提言には、世界エイズ・結核・マラリア対策基金設立(2002)、運用のサックスの経験が投影されていますが、ボランタリーな財団のみならず、世界基金を現実的に機能させる体制を構築しよう、という訴えです。
 このような発想(サックスの提言に限りません)を具体化する上で、中核に据えるべき原理の一つが共有原理である、と私は考えます。現実には、共有原理を中核に位置づけた上で、各種占有権との折衝、調整を行うことです。
 民間企業や国家が研究開発費を投入した技術・製品には知的財産権が伴い、その企業や国家が利益を占有します。
 この壁を、共有原理によって乗り超えることが必要になります。先進国で開発されたHIV/エイズ治療薬(抗レトロウイルス薬)をアフリカの最貧国の患者たちに届けるプロジェクトでは、インドなど途上国の製薬会社が先発薬を分析して安価なジェネリック混合薬を開発し、研究開発費を差し引いた「原価」が30分の1以下であると明らかになったこと、最貧国市場を先進国市場から分離して原価で販売するルールについて各企業の合意をとりつけたこと、国際機関、世界基金、NGO、各国政府、地元コミュニティ、社会的責任を果たそうとする企業が協力体制を創り上げたこと、といった各種条件が整いました。
 この一連の流れは、先進国企業の知的財産権の一部制限によって現実化へと向かったのですが、占有原理を抑え、共有原理を機能させた事例といえます。
 さらに共有原理によって立つ世界基金によって研究開発に投資し、新技術を開発した場合、目的達成のハードルが一段下がることになります。
 同じことが原子力、モダン・バイオテクノロジー、枯渇性資源などに関わる技術・産業をめぐって議論されなければなりません。
 大変困難にも思えますが、共有原理によって、最先端技術の特許を時間的・空間的に制限していけば、ジェネリック医薬品登場の事例のように、時間の経過とともに技術自体が陳腐化する側面があり、移行が不可能ではないとみます。
 未来の技術、特許のうち、占有させてはいけない分野について対策と立てていくことが求められ、共有原理に基づく基金、機構、ソーシャル・ネットワークが役割を果たすような世界の仕組みを構築しなければならないと考えます。
 自由競争による各種財産権の取得、市場原理を全否定するのではなく、その専横をとめる原理と仕組みを導入するという主張です。
 とくに、物質と生命の基本単位、枯渇性資源については、共有原理が必要です。

 以上のように共有原理のエッセンスについて具体的事例に即して議論を展開し、他方、より精密な思想的考察と他の事例への適用についても、考察を進めていきます。

【共有原理の着想】

 私の共有原理の発想は、緊急の文明的課題に鑑みて、静態的で各分野に分かれているかにみえる共有論を、動的で総合的、かつ、文明論に適用可能なものにしたい、というところにあります。ヴァンダナ・シヴァが問題提起したような遺伝子組換え作物と種子の占有の問題、ジェフリー・サックスのミレニアム・プロミス論、オストロムの共有地論、原子力や枯渇性資源の問題などを、共有原理の視座から連結し、環流文明の議論へとつなげる企図です。
 また、共有原理のバックボーンには、世界宗教のエッセンスが関係しています。この点も、考察していきたいテーマです。
 つまり、共有についての教えは世界宗教、伝統文化のなかにもあり、また、共有についての研究もコモンズ論が展開してきました。私の発想は、それらの知見を総合し、新たな文明論につなげるために、動的な原理に転換しようとするところにあるのです。

信を通ずる関係の発明 ー「通信」断章ー 

国際シンポジウム 第29集   発行:国際日本文化研究センター
http://www.nichibun.ac.jp/lib/pub/kenkyu/29.html
『前近代における東アジア三国の文化交流と表層ー朝鮮通信使と燕行使を中心にー 
Cultural Exchange and Representation of China, Korea and Japan in the Premodern Age』
劉建輝編 発行日:2011.3.30    355項
         
「信を通ずる関係の発明」                        p67−80
  ―「通信」断章―

(原題:前近代東アジアにおける「通信」の意味とその現代的可能性1)
                                     濱田陽(帝京大学)

 はじめに
 前近代における東アジア三国の文化交流を考察する手がかりとして「通信」の概念に注目したい。そして、その前近代における意味を解明し、さらに、この概念が現代においてもつ可能性についても照明を投げかけてみたい。
 朝鮮通信使の研究においては、「通信」にはcommunication やcorrespondenceの訳語としての意と異なり、「信を通わす」の意味があったことが指摘されている。しかし、この概念の意味をさらに深く理解するためには、1先行研究が示す「通信」という語の意味内容、2「通信」という語の起源と系譜、3「通信」の近代語への変容過程の三点からの分析が必要であろう。

 1先行研究が示す「通信」という語の意味内容

 2「通信」という語の起源と系譜

 3「通信」の近代語への変容過程

 おわりに:通信の現代的可能性

 通信使、通信の語は各種電子文献検索サイトの活用により、中国の二十四史、十三経にはあまり見られず、『朝鮮王朝実録』では三千箇所以上で用いられていることが分かる。したがって、「通信」の語は、朝鮮王朝初期、日本における室町時代に通信使という名称が国王使節に用いられるようになって後、日本でも徐々に受け入れられ、江戸時代に一般的になっていったと推測される。ここから、朝鮮、琉球を「通信の国」、清とオランダを「通商の国」と位置づけるような外交観も現れたのであろう。なお、近代語としての通信の用例がでてくるのは、江戸末期から明治にかけてである。 
 「通信」は、第一に、文字通り、信を通わす、つまり、まことを通わし言をたがえないことを表した。この信の分析は難しいが、儒教的な意味が強く人間と人間の関係を示している点に特徴がある。第二に、朝鮮国王と徳川将軍の関係を示していた。第三に、通信の信には礼としての型の側面があった。第四に、外交を意味する言葉にも転じていった。第五に、両国の良好な関係を示す言葉としてある一定の広がりをもった。
 以上の意味理解は、現代の東アジアの共存を考える上でも示唆的である。すなわち、「通信」が一方的なものでなく対等関係の上に成り立つものであること。人間どうしのまことの関係としての信の意味を想起させること。心と心の関係に限定されず、外に現す型を求めるものであること、経済のみの関係とは一線を画していること等の点が注目される。
 他方、中固との関係では「通信」をめぐる同等の史実が見出せないことが、どのような性格をこの概念にもたらしているか、その局地性についても再考察の対象としなければならないだろう。
 さて、筆者は、グローパル化する現代において宗教、文化の共存に不可欠な人間の経験を、インターレリジアス・エクスピアリアンス(inter-religious experience=IRE) と名づけている。このIREは、宗教の複数性に関わっている。宗教の複数性とは、①文字通り、自分をとりまく世界に複数の宗教が存在していること、②しかしながら、宗教という概念そのものが、そもそも近代に鋳琢された用語で、二元的・排他的パラダイムを人々と社会にもたらし宗教以外とされた領域(世俗世界、無宗教etc.)との間に、そして宗教・宗派間に常に過度の緊張を生じさせ、それでいて排他的領域確定が原理的に困難であるため、概念とパラダイムの揺らぎ(複数性)を人々に感ぜしめること、の二点をいう。
 このIREの視角から、前近代東アジアに分け入っていくとき、宗教という近代概念とそのパラダイムを相対化し、新たな方向性を求めるための概念の宝庫が見出せる。「通信」もその一つである。近代語としての通信の呪縛から離れ、例えば、「信を通わす関係」、「信を通わす経験」などと噛み砕いてとらえれば、東アジアの交流を考えるうえで、重要な示唆を与えてくれるだろう。さらには、この「通信」の関係を、多くの儒学者や仏僧が支えていた事実にも、新しい意義を見出すことができるだろう。

賀川豊彦没後50年記念号 『雲の柱』25

The Pillar of Cloud No.25
KAGAWA ARCHIVES & RESOURCE CENTER 2011
発行 賀川豊彦記念 松沢資料館
p66−116
特集 シンポジウム「賀川豊彦の文学〜その作品の力〜」
シンポジスト
田辺健二 (鳴門市賀川豊彦記念館館長)
森田進 (恵泉女学園大学名誉教授・詩人)
濱田陽 (帝京大学准教授)
司会
加山久夫(賀川豊彦記念松沢史料館館長)

生命資本主義の前奏曲(プレリュード)とカノン Prelude and Canon of Vita Capitalism 

『生命資本主義フォーラム 創立セミナー 』 2011.3 
発行 農村振興庁企画調整管室禄色未来戦略チーム

濱田陽 p45−51  

Ⅰ生命資本主義のプレリュード〜賀川豊彦(1888−1960)      p45

 生命資本主義というパラダイムから見えてくる、新しい歴史があります。
 生命の可能性を中心にすえ、資本主義を立てなおそうとした賀川豊彦。
彼は、アメリカやヨーロッパにおいて広く注目された日本人であり、東アジア人でありました。日本最大のスラムに住み、貧しい人々の生命の力から多くを学び、資本主義の矛盾を乗り越えようとしたのです。

 生命を中心とするイノベーション、協同、愛
 賀川は、幼くして両親を亡くした孤独の中で、自然の生命に対するセンス・オブ・ワンダーの心を育てました。また、家族のように接してくれる他者(アメリカ人宣教師)との出会いから、生命を支える見えない愛の大切さを堅く信じるようになりました。
 彼は、生涯、自然を研究しつづけ、とくにその多様な創造性、協同する生態に魅せられました。ダーウィンの適者生存と異なる生物の世界像として日本にファーブル(『昆虫記』)をいち早く紹介しました。また、見えない愛が歴史を変える力を探求していきました。
 そして、自然に学ぶイノベーション、協同の力と、宗教の愛の力によって、人間が抱える数々の困難を解決する道を見つけたいと願ったのです。

 近代資本主義の諸矛盾に立ち向かい続けた東洋の使徒
 結核のため余命半年と宣告された21才の賀川は、善き人生を全うするため、スラムで貧しい人々と生活を共にします。
 そこで彼は、発展の原動力になりながら、同時に、伝統産業を奪い、地域農業を疲弊させ、都市に流入する労働者を生み、脆弱な港湾都市を出現させ、環境や文化を破壊し、資源獲得競争や植民地支配を招き、果ては戦争に至るという、近代資本主義の諸矛盾が、すべて絡み合って生じているという洞察をもつようになります。
 賀川は、スラムに生きる人々が命の限界に直面しても助け合いの精神を失わないことに深く学び、強制的な社会主義ではなく、自発的な協同システムを日本社会に次々に導入しました。
 戦後に花開いた数々の協同組合や社会保障などのセーフティネットは、彼が先駆者として切り開いたものなのです。                                     
                                            p46
 賀川の訴えた、スラムからの生命の声は、世界にも大きな反響を巻き起こし、アメリカのルーズヴェルト、ロシアのレーニンの両陣営から協同組合指導の依頼が来たほどでした。産業革命後のイギリスに始まった小さな協同組合システムが、東アジアの一宗教的社会事業家によって、グローバルな関心を集めるようになったのです。

 大ベストセラー『死線を越えて』の冒頭の言葉「生命の中核をなす聖なるもの」   
 「生命」に関心が集まった日本の大正デモクラシー時代、最大のベストセラーが賀川の自伝的小説『死線を越えて』(1920)で、人口4000万人に400万部が売れました。賀川は印税収入を社会事業に投入し、出版元の改造社は、バートランド・ラッセル、アインシュタインを初めて日本に招聘、一流論壇・文芸誌に成長しました。

 「魂の彫刻」—生命の教育
 スラムで真っ先に賀川のファンになったのは、子供たちでした。彼は、教育・学習を、内なる生命である魂を彫刻していく芸術であると考え、「魂の彫刻」と呼び、数々の自然教案を考案して、自らが運営する保育園の幼児教育に取り入れました。

 生命価値を基礎にした経済倫理学、七つの価値を実現する経済・社会システム
 賀川は、資本主義と市場メカニズムの良い点を否定せずに、生命の本質にもっと適合的な経済・社会をつくる道を探求しつづけました。
 『主観経済の原理』(1920)でマルクスの唯物史観に対抗し、『Brotherhood Economics(友愛の経済学)』(1936)で生命価値を基礎にした経済倫理学に着手しました。
 興味深いのは、自然研究、宗教研究を総合した上で、自然の一員である人間に必要な価値を、生命からはじめて、力(労働力)、自由、成長、選択、法則(秩序)、目的の七つにまとめたことです。そして、これらの価値を保障する七分野の協同組合が、他の国際機関・国・企業と協調しつつ、分野と国境を越えて協力し合う経済システムを提唱したのです。
 彼は、為替変動もこれらの価値を総合した社会的勢力の差異に基づくと考えました。生命が危険にさらされ、労働力が萎縮し、自由な交換が制限され、人々の家計が成長せず、人生の良き選択が叶わず、社会に秩序なく、生きる目的が達成できないような国が発行する通貨は、国際社会から評価されないからです。
 今日、協同組合は、トップ300で韓国やカナダのGDPに相当する経済規模を有するまでになっています。国連もこの世界最大のNGOの役割を見直すため、2012年を国際協同組合年と定めました。
生命を中心とするイノベーション、協同、愛を訴えた賀川豊彦の思想と実践は、生命資本主義のプレリュードとして示唆を与えてくれると思います。
                                            p47
Ⅱ生命資本主義の意義

 現在、技術、企業、社会事業、開発などの各分野で、賀川の時代にはなかった、さまざまな新文明的潮流が登場しています。
 バイオミメティクス、再生可能エネルギー、低炭素化、緑色成長、CSR(企業の社会的責任)、社会的起業家、マイクロファイナンス、ソーシャル・ビジネス、BOP(Base of the Pyramid)、コモンズ、ミレニアム・プロジェクトなどです。
 生命資本主義の意義は、これら新文明的潮流を互いに架橋し、調和させ、促進するための新たなヴィジョンとパラダイムを提示することではないでしょうか。

Ⅲ生命資本主義のカノン〜共有原理

 生命資本主義フォーラムでは、多声音楽(polyphony)のカノンのように、生命資本主義の旋律を、いくつもの声部が奏でていくでしょう。
 私は生命資本主義フォーラムへの参加を機に、「共有原理」の研究を構想しています。それは、以下のように定義できます。

【共有原理】(principle of commonship):分け、又は、合わせて共にもつことにより、人間として必要な諸価値の総体が増すこと

 ここでの諸価値は、幸福価値、環境価値、使用価値、交換価値、効用などが考えられます。賀川の七つの価値も含め、今後の検討課題になるでしょう。
 ポイントは、資本主義は私的所有、社会主義は社会的所有を基盤としていますが、その背後にいずれも占有原理(principle of occupation)がかくれているということです。しかし、生命には、占有だけでなく、共有が不可欠なのです。
 生命資本主義において、共有原理の考察は、「協同」の前提にもさかのぼる、根源的な問いになるでしょう。
 そして、人間間、および、人間と自然の間で、共有という「働き」に着目すれば、現代生活(衣・食・住、情報、言語、技術、お金等)、伝統文化、自然の各領域で共有創出を研究し、新文明の創造に貢献できるでしょう。

まとめ―生命資本主義の理想

 生命資本主義の可能性は、過去にも未来にも広がっています。
パンソリの興甫歌(フンボガ)は、貧しいけれども善良な興甫(フンボ)が、助けたツバメにもらった瓢(ふくべ)の種を育て、金銀財宝と幸福を得る話です。自然(=ツバメ)に良いことをしたことで富が産まれ、みんなにその富を分け与えることができる。生命資本主義は、そのような理想を現代に生かそうとするものではないでしょうか。

「共有文明(Commonship Civilization)とアジア」

第三回韓中日文化国際シンポジウム論文集
「新文明の軸:東北アジアの均衡と調和」
第三部:辛亥革命100周年を迎える東北アジアの未来戦略 
2011年2月17日入稿  25000字

(財)韓中日比較文化研究所 論文サイト(日本語・韓国語・中国語の三言語によって掲載)
 http://www.3asia.org/modules/doc/index.php?doc=search&___M_ID=41

공유문명(Commonship Civilization)과 아시아  하마다 요(濱田 陽)

日本語 p123−149
1共有文明(Commonship Civilization)とアジア

限りあるものと限りないもの
新文明の理念:共有(commonship)
多地域・多領域革命

2共有創出と三国

共有創出
現代生活における共有
伝統文化の共有
自然の共有、自然との共有

3新文明の共有軸

旧文明の軸からの離脱
共有宗教文化
共有技術
生命自然

文献

付節 東アジア共有文化遺産の夢

生命資本主義フォーラム 생명자본주의 포럼

未来を導いて行く新しいパラダイム! 미래 이끌 새로운 패러다임!
生命資本主義 (VITA CAPITALISM)フォーラム 생명자본주의 포럼
創立セミナー
目的 「生命資源」を中心に循環可能な社会実現のための
    生命資本主義パラダイム確立および社会全般的共感拡散

日時 2011.3.3(木)13:00−16:30
場所 全国銀行連合会 銀行会館国際会議室
主催 生命資本主義フォーラム
主管 農村振興庁
出席対象 200人(学界、産業界、関連研究員など)

激励辞 イ・ホング (前国務総理) 
祝辞  イ・ベヨン (国家ブランド委員長)
司会  ミン・スンギュ (農村振興庁長)

基調講演
13:40~14:10 「なぜ今生命資本主義か? 」
  (イ・オリョン生命資本主義フォーラム委員長)
主題発表
14:10~14:30 「生命資本主義の東洋学的接近」(梨花女子大 ジョン・ジェソ教授)
14:30~14:50 「生命資本主義と農業の重要性」(農村振興庁 ラ・スンヨン博士)
座長: ソン・ジェグン教授(慶北大植物生命科学部)
総合討論
15:00~16:00
討論者
・パク・ウヒ(世宗大総長)
・濱田陽 「生命資本主義の前奏曲プレリュードとカノン」
        「 Prelude and Canon of Vita Capitalism」
        「생명자본주의의 전주곡 (Prelude)과 카논(Canon)」
・ユン・チャンイン(仁川大国民倫理学科教授)
・ユン・ソクウォン(中央大産業経済学科教授)

座長: チェ・イルボム教授(成均館大韓国哲学科)
16:00閉会


http://www.rda.go.kr/board/board.do?mode=view&prgId=day_farmprmninfoEntry&dataNo=100000448359

창립세미나 리포트 by 녹색현장바람
http://blog.daum.net/rda2448/6974886

http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2011/03/04/2011030400006.html

『생명자본주의포럼 창립세미나 』 발행일 : 2011.3
편 집 : 박기도 외
발행처 : 농촌진흥청 기획조정관실 녹색미래전략팀

하마다 요  p45−51

「생명자본주의의 전주곡 (Prelude)과 카논(Canon)」

Ⅰ생명자본주의의 전주곡(Prelude) ~가가와 도요히코

생명자본주의라는 패러다임으로 보이는 새로운 역사가 있습니다.
생명의 가능성을 중심으로 자본주의를 재정립하려고 했던 가가와 도요히코.
그는 미국과 유럽에서 널리 주목받은 일본인이자 동아시아인이었습니다.일본 최대 빈민가에 살며 가난한 이들의 생명의 힘에서 많은 것을 깨닫고 자본주의의 모순을 극복하고자 하였습니다.

생명을 중심으로 하는 이노베이션, 협동, 사랑에 의한 문명

가가와는 어려서 부모님을 잃고 고독속에서 자연의 생명에 대한 센스 오브 원더의 마음을 키웠습니다. 또한 가족처럼 대해 주는 타자(他者 미국인 선교사)와의 만남에서 생명을 지지하는 보이지 않는 사랑의 소중함을 굳게 믿게 되었습니다.
그는 일생동안 자연을 연구하며 특히 다양한 창조성, 협동하는 생태에 매료되었습니다. 다윈의 적자생존과 다른 생물 세계상으로서 일본에 파브르( 『곤충기』) 를 가장 먼저 소개했습니다. 또한 보이지 않는 사랑이 역사를 바꾸는 힘을 탐구했습니다. 그리고 자연에서 배우는 이노베이션, 협동의 힘, 종교가 가지는 사랑의 힘에 의해, 인간이 안고 있는 수많은 곤란을 해결할 길을 찾아내길 원했습니다.

 근대자본주의의 여러 모순에 맞선 동양의 사도

 결핵으로 수명 반년을 선고받은 21살 가가와 도요히코는 선한 인생을 다하기 위해 고베(神戸)의 슬럼에서 가난한 사람들과 생활을 함께합니다.
그래서 그는 발전의 원동력이 되면서 동시에 전통산업을 빼앗고, 지역농업을 피폐시켜 도시에 유입하는 노동자를 낳고, 취약한 항만도시를 출현시켜 환경과 문화를 파괴하고, 자원획득 경쟁과 식민지 지배를 불러, 끝내는 전쟁에 이르는 근대자본주의의 여러 모순이 모두 얽혀 발생한다는 통찰을 갖게됩니다.
그는 슬럼에 사는 사람들이 생명의 한계에 직면해서도 서로 도우는 정신을 잃지 않는 것에서 마음속 깊이 배우고, 강제적인 사회주의가 아닌 자발적인 협동시스템을 일본사회에 잇달아 도입했습니다.
제2차 세계대전 이후 일본에서 꽃 피운 수많은 협동조합, 사회보장 등의 세이프티 넷(safety net )은 그가 선구자로서 개척해 온 것입니다.
그의 슬럼으로 부터의 생명의 소리는 세계에도 큰 반향을 일으켜, 미국의 루즈벨트, 러시아의 Lenin 양 진영으로부터 협동조합 지도의 의뢰가 왔을 정도였습니다.산업혁명 후의 영국에서 시작된 작은 협동조합 시스템이, 동아시아의 종교적 사회사업가에 의해서 글로벌한 관심을 모으게 되었던 것입니다.

대 베스트 셀러‘사선을 넘어서’의 머리말 “생명의 중핵을 이루는 거룩한 것”   
「생명」에 관심이 모였던 일본의 다이쇼(大正) 데모크라시시대, 최대의 베스트셀러가 그의 자전적 소설 「사선을 넘어」(1920)로 인구 4000만에 400만부가 팔렸습니다.
그는 인세수입을 사회사업에 투입하였고, 출판한 가이조샤(改造社)는 버트랜드 러셀, 아인슈타인을 처음으로 일본에 초빙, 일류의 논단·문예잡지로 성장했습니다.

「혼의 조각」-생명의 교육

슬럼에서 가장 먼저 그의 팬이 된 것은 아이들이었습니다. 그는 교육·학습을 내적 생명인 혼을 조각해 나가는 예술이라고 생각하여, 「혼의 조각」이라고 부르며 수많은 자연 교안을 고안하고, 스스로가 운영하는 보육원의 유아교육에 도입했습니다.

생명가치를 기초로 한 경제윤리학, 일곱 가치를 실현하는 경제・사회시스템

가가와 도요히코는 자본주의와 시장 메카니즘의 좋은 점을 부정하지 않고, 생명의 본질에 더 적합한 경제·사회를 만드는 길을 끊임없이 탐구했습니다.
「주관경제의 원리」(1920)로 마르크스 유물사관에 대항하고,「Brotherhood Economics(우애의 경제학)」(1936)으로 생명가치를 기초로 한 경제윤리학에 착수했습니다.
 흥미로운 것은 자연연구, 종교연구를 종합, 자연의 일원인 인간에게 필요한 가치를 생명에서 시작하여 힘(노동력), 자유, 성장, 선택, 법칙(질서), 목적의 일곱가지로 정리한 것입니다. 그리고 이러한 가치를 보장하는 일곱분야의 협동조합이 다른 국제기관·나라·기업과 협조하면서 분야와 국경을 넘어 서로 협력하는 경제시스템을 제창했습니다.
그는 환율변동도 이러한 가치를 종합한 사회적 세력의 차이에 근거한다고 생각했습니다. 생명의 위험에 처하여 노동력이 위축되고, 자유로운 교환이 제한되어 사람들의 가계가 성장하지 않고, 인생의 올바른 선택을 이루지 못하니 사회에 질서가 없고, 사는 목적을 달성할 것 같지 않는 나라가 발행하는 통화는, 국제사회로부터 평가받지 못하기 때문입니다.
 오늘날 협동조합은 톱 300으로 한국이나 캐나다의 GDP에 상당하는 경제규모를 가질 만큼 커졌습니다. 유엔도 이 세계 최대의 NGO의 역할을 재검토하기 위해, 2012년을 국제협동조합년으로 정했습니다.일본의 생활협동조합, JA 등이 가가와 도요히코를 돌아보고 새로운 길을 찾기 시작했다.
생명을 중심으로 하는 이노베이션, 협동, 사랑을 호소한 가가와 도요히코의 사상과 실천은 생명자본주의의 전주곡으로서 시사하는 바가 크다고 생각합니다.

Ⅱ생명자본주의의 의의

현재, 기술, 기업, 사회사업,개발 등 각 분야에서 가가와 도요히코의 시대에는 없었던 다양한 신문명적 조류가 등장하고 있습니다. 
바이오미매틱스, 재생가능에너지,저탄소화, 녹색성장, CSR(기업의 사회적 책임), 사회적 기업, 마이크로파이낸스, 소셜 비지니스, BOP (Base of the Pyramid), 코먼즈, 밀레니엄 프로젝트・・・/ 지속 가능성.
생명자본주의의 의의는 이러한 신문명 조류를 서로 가교하고 조화시켜 촉진하기 위한 새로운 비전과 패러다임을 제시할 것입니다.

Ⅲ생명자본주의의 카논〜공유원리

앞으로 생명자본주의 포럼에서는 다성음악(polyphony) 캐논처럼 생명자본주의의 선율을 여러 파트가 연주해 나갈 것입니다.
저는 생명자본주의 포럼의 참가를 계기로「공유원리」의 연구를 구상하고 있습니다. 그것은 다음과 같이 정의할 수 있습니다.

【공유원리】(principle of commonship): 나누거나 또는 합쳐 함께 가짐
으로써 인간으로서 필요한 제반가치의 총체가 늘어나는 것

여기서 여러 가치는 행복가치, 환경가치, 사용가치, 교환가치, 효용 등을 생각할 수 있습니다. 가가와 도요히코의 일곱가치도 포함하여 앞으로의 검토 과제가 될 것입니다.
포인트는 자본주의는 사적 소유,사회주의는 사회적 소유를 기반으로 하고 있습니다만, 배후에 모두 점유 원리(principle of occupation)가 숨어 있다는 것입니다. 그렇지만 생명에는 점유뿐만 아니라 공유가 불가결한 것입니다.
 공유원리의 고찰은 「협동」이라는 전제에 까지 거슬러 올라가야 하는 근원적인 물음이 될 것입니다.
그리고 인간사이 및 인간과 자연사이에서 공유라고 하는 「움직임」에 주목하면, 현대생활(의·식·주 정보 언어 기술 돈등 ), 전통문화, 자연의 각 영역에서 공유창출을 연구하여 신문명의 창조에 공헌할 수 있을것입니다.

결어 -생명자본주의의 이상

생명자본주의의 가능성은 과거에도 미래에도 펼쳐져 있습니다.
판소리의 흥보가는 가난하지만 선량한 흥보가 자기가 살려준 제비가 물어다 준 씨를 심어 딴 박에서 금은보화와 행복을 얻는 이야기입니다. 자연(=제비)에 좋은 일을 한 것으로 부자가 되고 모두에게 그 부를 나누어 줄 수 있다. 생명자본주의는 그러한 이상을 현대에 살리려고 하는 것은 아닐까요.

「宗教文化論」ー 宗教文化の多様性(共存の哲学、未知との共存、宗教性の行動、複数宗教経験)

 宗教文化論 I
 http://www.e-campus.gr.jp/syllabus/current/syllabus/SY_1035.htm

「共存の哲学」の切り口から、宗教文化の多様性に接近する。日本と東アジアの宗教文化の豊かさ、マザー・テレサの先駆性、世界の宗教多元状況、平和・環境と宗教文化など、宗教+α、無宗教+αの経験である「複数宗教経験」のコンセプトが新しい視点を提示できるトピックに焦点をあてる。
 一神教(キリスト教・ユダヤ教・イスラム教)やヒンドゥー教・仏教のリバイバル、宗教が関わる紛争・テロリズム(平和の対極)、先進国に根づよい無宗教・無神論の空気、霊性への高い関心は、私たちにどのように関係しているのだろうか。また、多宗教と無宗教にまたがる共存の思考はいかに可能だろうか。
 こうした問いに向き合い、グローバル化が進行する現代生活に欠かせない知識として、無宗教を含めて宗教伝統に向き合うリテラシーを身につけることをめざしていく。

 宗教文化論 Ⅱ
 http://www.e-campus.gr.jp/syllabus/current/syllabus/SY_1036.htm

 宗教文化を過去のものとしてだけでなく、現在・未来を展望するものとしてとらえるために、宗教文化と人間・社会のあるべき関係を探求したい。
 自分の力と近くを超えた、ある尊い何かに心をゆだね、それを拠り所としてなす行為を、「宗教性の行動」と呼んでみよう。このような行動は、一般社会や他者とどのような接点をもてるだろうか。さらに、世の中にさまざまな宗教性の行動が存在するとしたら、私たちはどのようにして相互に信頼できる社会をつくっていけるだろうか。
 宗教文化と人間・社会のあるべき関係を、現代日本社会と世界潮流に照らして、理論面と具体的事例に即して考察する。

「日本文化特論 V (文化交流)」ー学際的・国際的視野に立って発表・討論

 日本文化特論 V A(文化交流)
 http://www.e-campus.gr.jp/syllabus/current/syllabus/SY_1041.htm

【日本文化研究について学際的・国際的視野に立って発表・討論する力を養う】
 宗教、民俗、歴史、文化交流、思想、文学、芸術から生活文化、大衆文化、環境、メディアまで日本文化研究の領域は多岐にわたる。また、国内、海外に優れた多様な日本研究機関が存在する。これら様々な研究動向、研究潮流や方法論への感度を高め、教員と受講メンバーの研究関心にもコミットしながら、修士論文につながる自身の研究テーマをより大きく、深いものとして、具体化していく。

 日本文化特論 V B(文化交流)
 http://www.e-campus.gr.jp/syllabus/current/syllabus/SY_1042.htm
 【日本文化研究について学際的・国際的視野に立って発表・討論する力を養う】
 宗教、民俗、歴史、文化交流、思想、文学、芸術から生活文化、大衆文化、環境、メディアまで日本文化研究の領域は多岐にわたる。また、国内、海外に優れた多様な日本研究機関が存在する。これら様々な研究動向、研究潮流や方法論への感度を高め、教員と受講メンバーの研究関心にもコミットしながら、修士論文につながる自身の研究テーマをより大きく、深いものとして、具体化していく。
 秋学期は、研究テーマのさらなる発展を企図し、発表、討論のレベルをいっそう高めるよう実践的指導を行い、修士論文提出予定者の原稿検討会も交える。

『伝統文化』No.38 

平成23年・新春 シンポジウム特集号「世界文化遺産の中の日本文化」
発行・編集 公益財団法人伝統文化活性化国民協会 
平成23年1月25日

p5−42
パネルディスカッション
「世界文化遺産の中の日本文化〜未来の文化を目指して〜」

「BS フォーラム」「世界遺産の中の日本文化ー未来の文化を目指して」

テレビ放映チャンネル:NHK BS2 
番組名:「BS フォーラム」
放送日:2010年12月18日
放送時間:14:30〜15:30

変化の激しいグローバリゼーションの中で、ともすれば失われがちな地域文化も多い。日本の伝統文化はどうあるべきか?そのありようを議論する。日本の伝統文化とは、どのようなものなのか? 東アジアの研究者をゲストに迎え、日本と諸外国、さらには欧米との共通性・差異について具体的に話しながら、「世界の中の日本文化」について、そのありようを考えていく。
http://www3.nhk.or.jp/hensei/program/p/20101218/001/12-1430.html

コーディネーター:小島美子(国立歴史民俗博物館名誉教授)
パネリスト:高良倉吉(琉球大学教授)
      濱田陽(帝京大学准教授)
      山折哲雄(元国際日本文化研究センター所長)
      ヨーゼフ・クライナー(ボン大学名誉教授)
      王敏(法政大学教授)

心の文化遺産と韓国 濱田陽
1心の文化遺産 
2韓国、民族を守る文化
3韓国、国を育てる文化
4韓国、共にたのしむ文化
5(文化遺産にまつわる)心のバリアを外す工夫:日本の伝統文化活性化のために
・求める心を喚起し、期待に応える社会文化環境づくり 専有物でない文化
・生活環境を取り巻く音など五感環境を見直す実験:

「東アジアにおける日本の龍と現代文明」

『比較文明』第27号(2011)比較文明学会 p132−133 

比較文明学会 第28回大会
http://www.jscsc.gr.jp/article.do?a=79899370818981112

◆ⅢA.一般論題+テーマ部会D(東アジア)
1)濱田陽(帝京大学)
「東アジアにおける日本の龍と現代文明」

 本発表では、主として日本の龍を中心に扱い、東アジアの龍の象徴とその芸術表現を含む数々の文化資産が、現代文明のオールタナティブとして有する可能性を「共存の哲学」および「複数宗教経験」の立場から分析してみたい。
 筆者は、人間間の共存、人間と自然の共存、未知なるものとの共存の三つの共存を合わせて考察する「共存の哲学」の中心的な営みとして、無宗教を含めた「複数宗教経験」(inter-religious experience)を研究し、今日の宗教学、宗教間対話論の限界を乗り越えようとしてきた。
 この点、数々の文明と宗教に関わってきた龍の象徴は、諸文明、諸宗教の比較から現代文明の行末まで重要な示唆を与えてくれる注目すべき研究対象と捉えている。
 龍の先行研究では考古学、文化人類学、美術史、歴史学などの立場から様々なアプローチが積み重ねられているが、本発表では、東アジアの龍の象徴に秘められた思想を積極的に読み取ろうとする思想論的アプローチを取る。東アジアにおける龍の文明、文化の史的研究が進む一方、その象徴の含意が現代文明に対して有するオールタナティブな可能性を読み解くための研究も欠かせないと筆者は考える。
 日本の龍には大陸の龍、仏教の龍、土着の蛇神の三つの要素が溶け合い、それぞれ権威性、守護性、近接性を特徴とする。相異なる要素が一つの象徴において共存できたのは、龍が動的な、見えながら見えない存在であったためである。本発表では、これを「ユビキタスな運動体」というコンセプトで捉え、「自然の聖霊」という位置づけによって西洋の龍とのステレオタイプな比較論と異なった視点を提示する。さらに、人間の都合に自然を強引に従わせようとしてきた近代文明の分析的世界観・国土観と異なり、龍がいかに人と自然の存在の予測不可能な深淵に総合的表現を与えてきたかを、日本の神話、宗教、芸術表現に言及しつつ明らかにしたい。

『十二支神 용龍ー韓中日比較文化シリーズ 』

『十二支神 용龍 한중일비교문화시리즈』  責任編集 李御寧 
생각의 나무 センガゲナム出版 2010.11.24
978896460079503
韓中日の共通文化の中に根づく象徴体系を比較する学術書。
十二支動物である龍(辰)の文化象徴を論じている。
・龍(辰)の韓中日文化における共通性と差異性を分析する。
自然との関係性に開かれた文化の哲学・思想を求める試み。
・濱田陽は、日本宗教文化における龍の象徴分析を担当。
中国東北部を起源とする龍が、弥生時代以降に伝わり、
権威性、守護性、近接性を備えるようになった思想的要因について、
大陸の龍、仏教の龍、土着の蛇神の融合の観点から分析した。
・また、龍のメタファーを「ユビキタスな運動体」と規定し、
キリスト教の聖霊概念と比較しつつ、その特徴を「自然の聖霊」として論じた。

용의 한중일 문화코드龍の韓中日文化コード _ 이어령李御寧

제1부 용의 신화·전설龍のの神話・伝説
総論 한중일 신화·전설 속의 용 _ 최인학崔仁鶴
한국의 신화·전설 속의 용 _ 최원오崔元午
중국의 신화·전설 속의 용 _ 정재서鄭在書
사람과 자연으로 이어지는 일본의 신들과 용
人と自然につながる日本の神々と龍 _ 하마다 요濱田陽

제2부 용과 회화龍と絵画
総論 한중일의 용 그림 _ 이원복李元馥
한국 회화 속의 용 _ 이원복
중국 회화 속의 용 _ 이원복
일본 미술 속의 용日本美術の中の龍 _ 이나가 시게미稲賀繁美

제3부 용 이야기의 서사구조龍の物語の叙事構造
総論 한중일의 용 이야기의 서사구조 _ 최인학崔仁鶴
한국 용 이야기의 서사구조 _ 최원오
중국 용 이야기의 서사구조 _ 최원오
일본문학에 나타나는 용日本文学に現れる龍 _ 오키나가 타카시冲永宜司

제4부 종교 속의 용宗教の中の龍
総論 한중일의 용과 종교적 예식, 토테미즘 _ 천진기千鎭基
한국문화에 나타난 용의 상징적 의미 _ 천진기
용과 중국 종교 _ 서영대徐永大
일본의 종교전통과 용이 구하는 구원
日本の宗教伝統と龍が求める救い _ 하마다 요濱田陽

제5부 현대인과 용現代人と龍
현대 대중문화와 용 _ 류관현
동아시아에서 일본의 용과 현대문명
東アジアにおける日本の龍と現代文明 _ 하마다 요濱田陽・이향숙李珦淑

日本人の宗教意識

聖ザベリオ宣教会 2010.11.9(火)

日本人の宗教意識

一、日本人の宗教意識
二、日本人の二つの心
三、日本の神(かみ)と神道  
四、日本宗教史の先達五人と仏教
  1聖徳太子(しょうとくたいし)(574-622)
  2空海(くうかい)(774-835)真言宗 
  3親鸞(しんらん)(1173-1262)浄土真宗 
  4道元(どうげん)(1200-1253)曹洞宗 
  5日蓮(にちれん)(1222-1282)日蓮宗
五、カトリックと日本人
  ①無宗教+α、宗教(仏教、神道)+αとしての教え。
   複数宗教経験(inter-religious experience)
  ②自然のなかに見えない尊いものを感じようとする日本人の心に響く教えであること
  ③救いを求める日本人の心に響く教えであること
  ④いかにしてカトリックと日本人の相互理解を深めるか。共振(resonance)

「伝統文化活性化シンポジウム」

「世界遺産の中の日本文化ー未来の文化を目指して」

http://www.kokuminkyokai.or.jp/sympoframe.htm
Sympo22paper_2Sympo22paperback_2

伝統文化活性化シンポジウム 
2010年11月6日土 13時30分〜17時
有楽町朝日ホール(東京都千代田区有楽町2−5−1 有楽町マリオン11階)
伝統文化活性化国民協会「シンポジウム係」
Tel:03-3538-7261 E-mail: den-koku@kokuminkyokai.or.jp

伝統文化シンポジウム 要旨
濱田 陽 

 私が訴えたいのは、第一に「心の文化遺産」「心の文化伝統」です。心に強い印象を残し、記憶に刻み込まれ、何度も反芻される文化遺産、伝統文化のかたちです。

 第二に「共有文化遺産」「共有文化伝統」です。自分の心に残る文化遺産、伝統文化は、他者にとってもそうであることが多いのです。さらに琉球、アイヌとともに多様性に富んだ日本の文化遺産、伝統文化を、韓国、中国、ヨーロッパ、世界の人々が心に留めるとき、それは心で共有されるものとなるのです。

 第三にとりわけ「東アジア共有文化遺産East Asian common cultural heritage」「東アジア共有文化伝統」。東アジアにおいて複数の国・地域の文化伝承・交流に由来する文化遺産、伝統文化に着目し、共有意識を涵養する、という構想です。たとえば長野県の善光寺にある百済伝来の阿弥陀三尊像に、日本人は1400年以上にわたって祈りを傾けてきました。これは日本および韓国(百済)の心の文化遺産といえます。法的な所有関係や狭い起源論争を超え、共有という発想を育むことで保存と活性化に新たなアイデアが生まれてくるはずです。

 韓国では、政府が2008年8月に「緑色成長」を新たな国家ビジョンとして打ち出し、低炭素社会、地域経済活性化、観光、伝統文化活性化を重視、これらをむすぶ試みがなされる一方、「生命資本」の意味をこれまでにない視点でとらえ、近代の負の遺産の乗り越えをめざす次段階の思潮も登場しつつあります。国を失う経験をし、大国に囲まれ、民族分断の現実を生きる人々は全人間的バイタリティを発揮し始めたかに見えます。また、世界の少なからぬ地域で文化遺産、伝統文化の保存、活性化への関心が芽生えてきました。

 日本はこうした潮流のなかで、自らの多様な文化遺産、伝統文化のオリジナリティを見つめると同時に、真の意味で先進的な心の共有へと発想をひらいていくことで、文化の保存、活性化の新たなるステージにつながる筋道を提示し、世界に貢献できるのではないでしょうか。

「宗教多元論」『宗教学事典』

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星野 英紀・池上 良正・氣多 雅子 島薗 進・鶴岡 賀雄 ───[編]
A5判・700頁/定価21,000円(税込) 2010.10 丸善発行
ISBN 978-4-621-08255-3
世界的水準をふまえ、現代 宗教学の成果と課題を提示 すべく新たな枠組の構成を 目指した中項目事典。執筆 者総勢220名 本格的事典 としては37年ぶりの刊行。全体を10の分野に分け、現代の宗教学の 全 貌 が 見 渡 せ る テ ー マ を 厳 選 。従 来の宗教学の基幹概念や方法を改めて整理し、今後の方向性を考察。各項目とも2p、4pまたは6pの中項目主義で、諸学者や周辺分野の研究者にも役立つ内容。http://pub.maruzen.co.jp/book_magazine/pdf_pamphlet/pdf/9784621082553.pdf

・東京大学出版会『宗教学事典』(1973年)を刷新し、過去150年の宗教学の研究成果を明らかにしつつ、隣接諸学との関係にも配慮し、従来の基幹概念や方法に正面から再検討を加え、今後の方向性を示す。宗教学界第一線の研究者を結集して執筆。       
・濱田陽は、「宗教多元論」の項目を担当、日本および世界の宗教多元論の学説や動向を展望した上で、「複数宗教経験」の概念と意義について解説した。

■目次
I.  宗教とは何か
II.  宗教研究への視角
III. 宗教学の基礎用語(1)―宗教の構成要素
IV. 宗教学の基礎用語(2)―宗教類型論
V. 思想と世界観(1)―理論編
VI. 思想と世界観(2)─生活編
VII. 実践と行為
VIII. 人間の諸活動と宗教
IX.  現代の視点から   ●宗教多元論 [濱田 陽]
X. 越境と深化
【※中項目数:約250、執筆者数:220名】

「海の自然と賀川豊彦」『賀川豊彦献身100年記念事業の軌跡 Think kagawa 共に生きる』

『賀川豊彦献身100年記念事業の軌跡 Think kagawa 共に生きる』 
賀川豊彦献身100年記念事業実行委員会編 松沢資料館発行 家の光協会発売 2010.11
20101022tononiikiru_2
はじめに

第一章 グランド・デザイナー
・震災とコミュニティー 阿部志郎(神奈川県立保健福祉大学名誉学長)
・寛容の再生のために 最上俊樹(国際キリスト教大学教授)
・よみがえる巨人 野尻武敏(神戸大学名誉教授)
・平和の枢軸を目指せ 伴武澄(共同通信社ニュースセンター整理部長)
・友愛政治の理念と可能性 小林正弥(千葉大学教授)

第二章 豊彦を支えたもの
・愛妻 ハルの幸い、社会の幸い 三原容子(東北公益文科大学教授)
・自然 海の自然と賀川豊彦 濱田陽(帝京大学准教授)
・宗教 賀川豊彦とは何者ぞ 山折哲雄(宗教哲学者)

・豊島 ウェスレー館のいま・むかし 池本正人(山陽新聞編集委員)
・文学 『空中征服の系譜』 義根益美(神戸文学館学芸員)
・仲間 武内勝と吉田源治郎 鳥飼慶陽(番町出合いの家牧師)

第三章 続けられる実践
・グラミン銀行とソーシャルビジネス ムハマド・ユヌス(グラミン銀行総裁)
・クロントイの一日一バーツ学校 プラティープ(プラティープ財団理事長)
・新潟、そしてアフガンとスーダン 木山啓子(NPO・JEN事務局長)
・ソウルに息づく賀川イズム 編集チーム
・めちゃ楽しかった(西義人賀川記念館顧問)

第四章 献身一〇〇年記念事業の一年

第五章 座談会

おわりに

『十二支神 うさぎ토끼ー韓中日比較文化シリーズ 』

『十二支神 토끼うさぎ 한중일비교문화시리즈』  責任編集 李御寧 
생각의 나무 センガゲナム出版 2010.10.21
L9788964602508_3

・東アジアに共有されてきた文化象徴の比較研究。十二支動物をテーマに出版刊行される。文化学者李御寧(梨花女子大学名誉教授)が企画。
・兎(卯)の韓中日文化における共通性と差異性を分析する。自然との関係性に開かれた文化の哲学・思想を求める試み。
・濱田陽は、日本の神話・伝説、宗、現代文化における兎の象徴分析を担当。月うさぎ、野うさぎ、穴うさぎ、飼いうさぎの四種のメタファーを諸学の成果を援用しつつ論じ、日本文化と自然の関係性を比較文化論的に考察した。

동아시아 문화 속에서 발견한 토끼를 뒤쫓다
http://www.bmceo.co.kr/images_new/upload/pdf/101201_BookMorningCEO_773.pdf
韓·中·日 문화 속 각양각색의 '토끼' 
http://newsplus.chosun.com/site/data/html_dir/2010/11/06/2010110600181.html


영원히 사는 도망자의 힘永遠に生きる逃亡者の力 / 이어령李御寧

제1부. 토끼의 신화ㆍ전설うさぎの神話・伝説
総論 한중일 신화ㆍ전설 속의 토끼 / 최인학 崔仁鶴
불로장생을 상징하는 토끼 / 천진기 千鎭基
중국의 항아전설과 토끼 / 정재서 鄭在書
달토끼와 일본의 신화ㆍ전설 
달 토끼와 사랑스런 희망
月うさぎと日本の神話・伝説
月のうさぎと、いとおしい希望 / 하마다 요 濱田陽

제2부. 토끼와 회화うさぎと絵画
総論 한중일 회화 속의 토끼 / 이원복 李元馥
한국의 전통예술과 토끼 / 이원복
중국의 전통예술과 토끼 / 이원복
일본의 전통예술과 토끼 / 이나가 시게미
日本の伝統芸術とうさぎ 稲賀繁美

제3부. 토끼의 서사구조うさぎの叙事構造 
総論 한중일 토끼 이야기의 서사구조 / 최원오 崔元午
별주부전을 중심으로 본 토끼 / 최인학 崔仁鶴
중국의 서사문학 속 토기 / 최원오
일본의 서사문학 속 토끼 / 가미카이토 켄이치 上垣外憲一

제4부. 종교 속의 토끼宗教におけるうさぎ
総論 한중일의 토끼와 종교적 예식, 토테미즘 / 천진기 千鎭基
달의 정령, 장수의 상징 토끼 / 천진기
서왕모를 위해 약을 찧는 토끼 / 천리엔샨
산토끼와 일본의 종교 문화 
다양한 풍양의 시그널-멧토끼
野うさぎと日本の宗教文化
多様なる豊穣のシグナル―野うさぎ / 하마다 요 濱田陽

제5부. 현대인과 토끼現代人とうさぎ
현대 대중문화와 토끼 / 서진영
근현대의 일본과 토기들  
네가지 메타포- 집토끼를 뛰어 넘어
近現代の日本とうさぎ達
四つのメタファー―飼いうさぎを跳び越えて / 하마다 요 濱田陽・이향숙 李珦淑

新しき人、賀川豊彦を心に刻む 「賀川豊彦の文学~その作品の力」

賀川豊彦没後50年記念講演会・シンポジウム
「賀川豊彦の文学~その作品の力」

10月23日(土)作家・太田治子氏の講演「賀川豊彦 その愛」 
10月24日(日)シンポジウム「賀川豊彦の文学~その作品の力~」
パネリスト
田辺健二 (鳴門市賀川豊彦記念館館長)
森田進 (恵泉女学園大学名誉教授・詩人)
濱田陽 (帝京大学准教授)
司会
加山久夫(賀川豊彦記念松沢史料館館長)

世田谷文学館(東京都世田谷区南烏山1-10-10、03-5374-9111)
先着150名、入場無料です。
お問合せ: 賀川史料館03-3302-2855


20101023


「新しき人、賀川豊彦を心に刻む」  濱田陽

1日本にとってどのような存在か

近代日本を明るくしてくれる存在
弱きを助け、権力におもねらない、侠客道  
 「可愛いから、泣いちゃいけないよ。可愛いね」『死線を越えて』PHP 107頁

2その文学の特徴

宗教者の文学性 ex.空海、親鸞、道元、日蓮 cf.文学者の宗教性 
 インスピレーションの断片 ⇒小説、詩、論文、宣言文etc.

3どのような人間か

日本の自然から親しみを、キリストから神の愛を得た新しき人 
二つの焦点:自然と信 見えないものへの感受性と救いを求める心を具現化

・東洋とキリスト教が示す全体性  ex. 西洋と仏教、儒教、道教、神道 「複数宗教経験」
「神自身に彼が漬かっているという実感の喜びを感じた。そして彼がこの喜びを持つや否や、熱は忽ち下り、血脈は全く平常に復することを知って驚いた。」
「咳する度に口から血が流れ出る、白い砂地が血に染ったという、心地の悪い夢であった。」  
「カントと本居宣長とが、銭湯に這入っている。そして宣長はインマヌエル・カントの背中をすりながら云うている。『君の日本歴史の研究は破天荒の快著だ。…』『死線』295−299頁  
 
*日本人として、世界人として(アジア人として、世界人として)ex.ワシントン大聖堂の賀川像
  ⇒賀川への批判も、より多くの日本人、世界の人々に開かれたかたちでなされるべき
・伸びゆく知性 「学際性」
・修繕の力 「総合的人間性」
『死線を越えて』四種のシーン(哲学・宗教、権威・社会との葛藤、恋愛・性愛、貧しい人々)が切り替わりつつ展開し、いずれにも自足しない 

ワシントン大聖堂の賀川像 Photographed by Y.H.2010.1.30

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「日韓複数宗教社会論序」 『ソーシャル・キャピタルとしての宗教-日韓英米の現状- パネル』

「日本宗教学会」第 69 回学術大会 2010 年 9 月 5 日
ソーシャル・キャピタルとしての宗教-日韓英米の現状- パネル 代表:稲場 圭信
全文: http://keishin.way-nifty.com/scar/files/hp.pdf

1 英米におけるソーシャル・キャピタルとしての宗教論 (稲場圭信)
2 NPO が豊かにする宗教性-伊勢神宮だから参加する人々-(板井正斉)
3 地域の伝統的宗教文化におけるソーシャル・キャピタル(長澤壮平)
4 マクロデータからみた現代日本の宗教とソーシャル・キャピタル(寺沢重法)
5 日韓複数宗教社会論序 (濱田陽)
コメント (山口洋典)

5 「日韓複数宗教社会論序」(濱田陽)

近代には個人と個人、文化と文化、国と国、宗教と宗教を分けて考えることが当たり前となり、そのため個人間、文化間のコミュニケーションや国際関係、宗教間対話の研究が 進められて来たが、個人、文化、国、宗教等の概念自体への問い直しもなされている。筆 者は、これらに加えて関係をより根本的にとらえなおす上で「隣の思想」という発想が有 効と考える。国家間では、日本でも韓国でも、近代化によってナショナリズムは形成され たが隣の国を大切にする思想は深められてこなかった。兄弟や友人のメタファーを無理に 用いるよりも、互いに他の場所に引っ越すことのできない社会であることを前提に、地理 的・自然的・文化的・歴史的な近さを生かす思想を工夫していく余地がある。
今日、日韓の人々の関係は、観光、ビジネス、文化、芸能、教育、スポーツ、医療、治 安、安全保障、宗教など多岐にわたる。人間相互の信頼の蓄積を示す社会関係資本(social capital)を拡張し「日韓社会関係資本」というコンセプトを立て、世論調査のみならず、 観光客数、国際会議数、留学生数、文化・芸能・スポーツのイベント数など多様な指標を 総合的に分析することも可能だろう。また、世界遺産や国宝・重要文化財といったグロー バル及びナショナルな視点だけでなく、日韓あるいは東アジア「共有文化遺産」の枠組み を重ね合わせて保存、修復、鑑賞を考えることにより、広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像、善 光寺の阿弥陀三尊像をはじめ多数の文化財の活用に新たな展望が開かれてくるだろう。
隣の思想を深めるには、さらに隣の国(社会)の人間と宗教を発見するための視角が必 要である。一つの有効な方向は、国・宗教と福祉の関係を考察することだ。隣に福祉にと りくむ社会が存在することは重要であり、でなければ国内の不満や緊張が思いがけないか たちで国外に転化され、互いの発展に支障をきたすおそれがある。この点、韓国保険社会 研究院保険福祉部がまとめた「韓国宗教界の社会福祉施設支援金実態調査:二〇〜〇二一 〇〇三」(二〇〇五)は意義深い。全国の社会福祉施設(四〇四八)中、宗教施設五二・一%、非宗教施設四七・九%でプロテスタント四七・二%、カトリック二三・八%、仏教二一・ 二%、円仏教三・九%、その他三・八%であった。また、二〇〇三年度の宗教施設の歳入 規模は五五六五億ウォンで、その内訳は政府支援金五七・三%、企業・民間募金団体一六・ 四%、利用者負担金一五・七%、宗教界支援金一〇・六%であった。さらに、宗教界支援 金五九〇億ウォンのうちカトリック四七・三%、プロテスタント二八・七%、仏教一六・ 五%、円仏教一・五%、その他六・〇%との結果が出た。続いて二〇〇四〜二〇〇六年度 の統計もまとめられたが凡その傾向は変化していない。
信仰者が半数を超え、仏教、プロテスタント、カトリックの順に多い韓国では、宗教の 福祉施設において宗教界支援金が一割にすぎず利用者負担金より少ないこと、プロテスタ ントや仏教界の支援金がカトリックに比べ少ないこと等が驚きをもって受けとめられた。 社会福祉支出水準で対 GDP 比が OECD 加盟国平均(二〇〇三年度は二一・八三%)の半分に 届かず、上位の北欧・西欧諸国のみならず日本、アメリカにも大きく引き離されているこ とも指摘されている。
しかし、こうした調査が成立し、社会的反応があることそのものが、日韓における国・ 宗教と福祉の関係を「隠れている宗教の福祉」と「表れている宗教の福祉」の違いとその 長短によって比較する手がかりを提出している。そして、日韓いずれにおいても福祉の達 成には国と複数宗教の協力が不可欠である。隣の国の人間と宗教を、福祉を通じて理解し ていけば、生きた日韓複数宗教社会論を展開することができるだろう。

「共存の哲学における複数宗教経験(inter-religious experience)  ―人間間、人間と自然、未知との共存をめぐって―」

國學院大學研究開発推進機構 研究開発推進センター
「共存学」プロジェクト
平成22年度 第2回「共存学」公開研究会

「共存の哲学における複数宗教経験(inter-religious experience)
 ―人間間、人間と自然、未知との共存をめぐって―」

講 師: 濱田 陽 (帝京大学准教授)
日 時: 平成22年10月1日(金) 17時30分~19時30分
場 所: 國學院大學渋谷キャンパス学術メディアセンター5階 会議室06


Ⅰ共存の哲学
 三つの共存形態(人間間の共存、人間と自然の共存、未知との共存)の相互探求

1未知との共存 
三条件の承認
①未知性=人間(自ら)の力と知覚(知性・感覚)を超えた領域が常に残り続けるという世界の有り様
②作業的超越性=それぞれの宗教文化伝統がそれぞれの象徴・言語体系によって「超越的な存在」を見出してきた事実    cf.「超越的存在」と普遍的超越性
③消極的超越性=科学的営為には既知でない領域が必ず残るという事実
  *①②③はそれぞれ哲学、宗教文化伝統、科学に関わる
  *②と③は①においてつながる

2複数宗教経験(inter-religious experience)
 宗教+α、無宗教+αの経験  cf.宗教間対話、宗教的経験
 未知との共存における②の知見を、人間間の共存、人間と自然の共存に生かす方途

「⑴自らの宗教(無宗教)に根ざしながら、⑵必然的に⑶他の宗教・無宗教に関わり、
 その過程で⑷相互の限界を乗り越える、⑸継続的な経験総合」

  ⑴自主性 宗教:今日一般に宗教(religion)の名で呼ばれている対象を扱う
       無宗教:特定の宗教を信仰しない又は特定の宗教に帰属意識をもたない立場
  ⑵必然性 ⅰ時間的・空間的必然性 ⅱ存在的必然性
  ⑶他者性 作業的超越性
  ⑷創造性  cf.限界:無関心、偏見、差別、衝突(テロ、戦争etc.)
  ⑸継続性 cf.宗教的経験

3複数宗教経験の学
  複数宗教経験の諸相(The Varieties of Inter-religious Experience)
  ガンディー:ヒンドゥー、イスラム、キリスト教:non-violence ヒンドゥー、イスラムの協働
  マザー・テレサ:カトリック:Missionaries of Charity、ヒンドゥー、イスラム等との出会い
  賀川豊彦:日本の自然、プロテスタント:協同組合文化 *2012年国際協同組合年
  ジョージ・ナカシマ:神道、ヒンドゥー、カトリック:Peace Table     etc.


Ⅱ複数宗教経験と、人間間の共存  *複数宗教経験の要請の諸相

1宗教・無宗教の三極構造

2宗教性の行動 
宗教性の行動=自らの力と知覚を超えた、ある尊い何かに心をゆだね、それを拠り所としてなす行為[濱田 2009 57−70頁]   
       ↓
    動機の明示 + 一般社会や他者に関わる + 一般社会や他者を益する 
       ↓
 相互信頼社会=多様な人間がそれぞれの宗教性の行動を尊重できる社会
    非暴力性、自由、評価
  *グローバル化の時代に、複数宗教経験は、宗教性の行動の主体にとっても一般社会や他者にとっても不可欠

3人間の歴史と複数宗教経験 

4追悼期間
「八月一五日だけでなくおおよそ一三日から一六日までの数日間にわたって追悼を行うことを提案する。(中略)天皇が参加する複数の式典があり、また、さまざまな宗教宗派、無宗教で追悼の式をとりおこなう。そして、それらすべてを追悼期間中の式と位置づける。こうすることで天皇、宗教、無宗教のいずれの立場でも追悼ができ、しかもあるまとまりを感じることが可能になるのではないだろうか。」[濱田 2007 58頁] cf.終戦記念日

5共有文化遺産、心の文化遺産 
 複数宗教経験の装置


Ⅲ複数宗教経験と、人間と自然の共存  *未知との共存の知見(②と③をつなぐ)

内的環境(inner environment)=心の中の環境イメージ
 各宗教伝統の自然観・環境観が、内的環境に大きな影響
 →世界68億の内的環境の調和に複数宗教経験の要請
 
ex.文化象徴を切り口にした韓中日比較文化研究プロジェクト
   四君子:蘭  十二支動物:虎、兎、犬、猪、龍(ユビキタスな運動体) 
    ⇒人間と自然の関係を、複数宗教において横断的に考察


Ⅳ共振の哲学 *共存の哲学が認識に重点を置いた探求であるのに対し、共振の哲学は実践に重きを置いた探求

1宗教伝統のエッセンス
 生命の再生力:生命(人間と自然)を(此岸的にせよ彼岸的にせよ)再生すると考えられる力 

2共振(resonance)
「複数宗教伝統(の当事者間)において、互いのエッセンスが響き合い、宗教的言語、象徴、文化遺産が生気を帯びて受けとめられ、同時に、それぞれの宗教伝統内における理解や信念が深められること」
 *複数宗教経験は個人に焦点を当てているが、共振は相互関係に焦点を当てている
 *宗教伝統のエッセンスを占有物にしない方途

3生命の価値形態論
  生命資本主義 cf.物的資本、人的資本、金融資本、社会関係資本、自然資本
  生命への「操作」による多様な分野の価値創造に着目しつつ、これを相対化する視点も必要
  ⇒生命の価値形態論を構想する場合、宗教伝統のエッセンスと共振の哲学の試みも要請される

「東アジア共有文化遺産」の夢 East Asian common cultural heritage

第2回韓日中文化国際シンポジウム「再び書く韓日中 新三国志―過去100年、未来100年」

◇日時:2010年6月11日(金)開場13:30、開演14:00
◇場所:韓国文化院 ハンマダンホール(東京都新宿区四谷4-4-10)
主催:財団法人 韓中日比較文化研究所 柳韓キンバリー株式会社
後援:大韓民国文化体育観光部 海外文化公報院 駐日韓国大使館 韓国文化院
亞洲経済新聞、東アジア共同体評議会
主管・企画:財団法人 韓中日比較文化研究所

・第3部 
「東アジア共有文化遺産の夢—「三百年の混迷」コメントに代えて 濱田 陽(帝京大学)」より

(略)
 今日、人々の注目は、世界文化遺産と国宝に集まるが、その間が抜けてしまっている。いわばグローバルとナショナルの間を満たす文化装置が希薄なのである。事務を統括する世界遺産センターがパリのユネスコ本部内にあることに象徴されるように、世界遺産という制度のもとでは、西洋に傾斜しがちな視線を東アジア地域に転じることは難しい。そこで、東アジア文化共同体を構想するなら、その内実を代表するものとして東アジアの文化交流の精華であり、共通して誇り伝えるべき「東アジア共有文化遺産」を三国が協力して設けてはどうだろうか。

 二国以上の文化交流に関わる文化遺産ということにすれば、たとえば、日本の百済伝来の善光寺(長野県)阿弥陀三尊像、広隆寺及び中宮寺の弥勒菩薩半跏思惟像、唐招提寺と鑑真和上像、韓国の海印寺と八萬大蔵経、二体の国宝弥勒菩薩半跏思惟像、北朝鮮の高句麗古墳壁画(高松塚古墳壁画等との共通性)、中国の国清寺(最澄留学)、西湖(『源氏物語』、芭蕉が引用)など、少し考えただけでも様々な候補が挙げられるだろう。

 もちろんこれらは数ある例の一つにすぎず、その選定そのものを文化共同体マインドの醸成に生かしていく発想が大切である。このようなパラダイムがあれば、専門の研究者に限らず一般の多くの人々が、一つの文化財を世界遺産でもあり、東アジア共有文化遺産でもあり、国宝でもある、というような重層的で柔軟な視点で見ることができるようになる。そうなれば、東アジア地域の新旧文化交流について幅広い関心を呼び起こすための仕掛けを、広範囲かつ多彩に展開することが可能になるだろう。

 「東アジア共有文化遺産」は、現在の世界遺産がそうであるように、完全なリストではなく常に問い直しつづけるべきものである。また、東アジアだけに閉じた意識ではなく、世界レベル、国レベル、そして東アジア以外の文明圏に開かれた文化理解によって設定されなければならない。たとえば、仏教文化であれば、三国だけでなくインドとの関わりが浮上するだろう。

 こうしたアイデアをヴァーチャルに描いてみることは可能である。三国が協力して人的、物的資源を投入し、試験的に取り組む「東アジア共有文化遺産」準備委員会が発足し、運営されることを想像してみよう。おそらく文化財に対する思想・制度の違い、表記法の違いなど様々な課題が浮上するであろう。しかし、そうした課題そのものが、東アジア文化共同体を考える重要な鍵となる。実績がともなえば、台湾や北朝鮮も加わることができるだろう。

 「東アジア共有文化遺産」のような、東アジア各国が共通して取り組む恒常的な仕組みがあれば、新しい東アジア文化共同体への関心を幅広く喚起することができるにちがいない。
 そして、「東アジア共有文化遺産」に限らず、文化交流マインドから文化共有マインド、さらには文化共同体マインドを温める夢を数多く見ていくことで、近代共有経験の負のインパクトを解決する新たな発想を生み出すことにもつながっていくのではないだろうか。

 東アジア文化共同体の未来100年を眺望し、「東アジア共有文化遺産」の夢をめぐり、以下のリストを考えてみよう。(略)


以下は冒頭部分の文章

 劉建輝氏の報告は、東アジア三国が近代西洋の波にさらされ(近代資本主義や近代的キリスト教等)、国民国家形成と「自由」や「個人」のパラダイムを追求した帰結について、含蓄深いパノラマを描いている。そのポイントは次の三点にまとめられよう。
1)中東、インド、南米のいずれの文明圏とも違い、東アジア圏が高度の経済発展と近代化を実現させたこと
2)この「成功」は近代西洋の文明を咀嚼し得る文化資本(儒教や漢字など)を東アジア三国がそれぞれに高い水準で有していた点に起因すること
3)この「成功」ゆえに過当競争と孤独化が激化・進行し、いずれの文明圏よりも近代化の負のインパクトを受け、自殺・離婚・児童虐待・受験地獄等が深刻化していること

 そして、印象深いのは、こうした負のインパクトにもかかわらず、共有文化を持ち、近代化の正負両面を共に経験している東アジア三国は、対等関係を維持し過度なナショナリズムを制御していくことができれば、その文化資本と共通経験をもって新時代の文化圏をつくっていけるであろう、と結んでいることである。
 つまり、劉氏は、日本と韓国の近代化の経験を巨大かつ独自の規模でさらに上書きしてきた中国の事例を私たちの前に示しつつ、未来100年の課題を〈三国の違いを踏まえた上での、共有文化伝統・共有近代経験の生かし方〉というかたちに定式化しているといえる。

 筆者は、このうち共有文化伝統の生かし方について、劉氏の問いかけに応答してみたい。それは、「東アジア共有文化遺産」のヴィジョンである。

第2回韓日中文化国際シンポジウム「韓日中 新三国志―過去100年、未来100年」

第2回韓日中文化国際シンポジウム
「再び書く韓日中 新三国志―過去100年、未来100年」

◇日時:2010年6月11日(金)開場13:30、開演14:00
◇場所:韓国文化院 ハンマダンホール(東京都新宿区四谷4-4-10)

http://japanese.korea.net/detail.do?type=overseas&idx=210

財)韓中日比較文化研究所サイトより、
韓中日の三ヶ国語の発表論文のPDFファイルがダウンロード可。
http://www.3asia.org/modules/doc/index.php?doc=search&___M_ID=41
    
●プログラム(予定)
開会の辞
主催者挨拶(李御寧 財団法人 韓中日比較文化研究所理事長・韓国初代文化相)
祝辞

第1部 14:00-15:00 
(司  会) 上外垣 憲一(大手前大学教授)
 ●基調発表 「韓日中の文化・文明意識の変化を語る」――「アジアの文化地図」
  発表者:  崔   官(高麗大学校教授)
  パネラー: 芳賀  徹(東京大学名誉教授)、小倉 紀蔵(京都大学准教授)
    
第2部 15:00―16:00 
(司  会) 李 応 寿(世宗大学校教授)
●基調発表 「メディアの中の韓日中の若者たち」
――「インターネットでは今何が起こっているのか」
  発 表 者: 金 起 悳(建国大学校教授)
  パネラ-: 崔 東 鎬(高麗大学校教授)、李 珦 淑((財)韓中日比較文化研究所客員研究員)

第3部 16:00―17:00
  (司  会)  崔 東 鎬(高麗大学校教授)
 ●基調発表「中国から見た韓国と日本の競争と協力」――「100年先の未来を見る」
  発 表 者: 劉 建 輝(国際日本文化研究センター准教授・中国籍)
  パネラー: 李 応 寿(世宗大学校教授)、鄭 在 書(梨花女子大学校教授)、
濱田 陽(帝京大学准教授)

第4部 17:00―17:30
●総合討論
  総  括:  鄭 在 書(梨花女子大学校教授)


主催: 財団法人 韓中日比較文化研究所 柳韓キンバリー株式会社
後援: 大韓民国文化体育観光部 海外文化公報院 駐日韓国大使館 韓国文化院
亞洲経済新聞、東アジア共同体評議会
主管・企画: 財団法人 韓中日比較文化研究所


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「竜虎相搏つ東アジア」『世界思想』

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「竜虎相搏つ東アジア」濱田陽 2010春 37号 世界思想社
http://www.sekaishisosha.co.jp/cgi-bin/search.cgi?mode=display&code=937_leaflet

文化を身近なもの、遠くからもたらされたのもの、想像のものによってつくられた事象ととらえてみよう。身近な風土、遠くからもたらされた資源、想像力が編み出す思想によって、東アジア文化の多様性がかたちづくられていると考えることができるだろう。

列島・半島・大陸に生きる先人の数千年にわたる自然体験を深く掘り下げることによって文化・文明を再考することが求められよう。

日本において虎は国際性と稀少性のシンボルととらえることができる。虎を通じて、日本人の稀少資源への態度を省みれば、強い憧れと、恣意性の両方が表れているといえよう。多くの人間が稀少な存在に憧れる。しかし、身近にないからこそ畏怖心なく恣意的にとらえてしまう危険もともなう。
 現代では、ハイブリッド・カー、電気自動車から最先端のテレビ・パソコン・携帯電話までハイテク機器に欠かせないレアメタルがあてはまろう。

龍の思想は、人間の都合に自然を強引に従わせようとした西洋近代文明の分析的世界観・国土観の流入とそのインパクトにより深刻なダメージを被った。龍を生み出した想像力を失ったことは、私たちをとりまいているこの世界を、権威性、守護性、近接性が合わさった統一体としてとらえられなくなったことを意味しているのではないだろうか。
 龍は、環境を象徴する格好のメタファーであり、ユビキタスな運動体として、様々な思想や文化の関係性に目に見えないながら重要な役割を果たしてきたといえる。

日本十二支考〈寅〉

『帝京大学文学部紀要 日本文化学』https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/tos4-3.html
第41号 2010
日本十二支考〈寅〉語源篇 信仰篇 物語篇 濱田陽 

全文を読む
  https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/nichibun41-04.pdf

・韓中日の共通文化の中に根づく象徴体系を比較する。日本の語源編、文学編を執筆。虎がいなかったがゆえに日本人は外交や交易を通じて、無病息災と護身のための虎信仰をつくりあげ天皇、貴族、武士、庶民へと伝わっていったこと、この信仰が朝鮮、中国、インドの文化との関わりのなかでこそ生まれたことを考察した。

一 語源―日本の虎認識と語源説 

 日本語を起源とする説
 外国語を起源とする説
 虎語源説の変化

二 信仰―海を渡った虎の霊力 

 虎のいない国
 玉虫厨子・キトラ古墳ー古代の虎
 『日本書紀』にみる虎信仰の原型
 輸入された虎皮―天皇から貴族まで
 虎を求めた武士たちー武士と虎
 虎張子―世界を駆けた庶民の創造力

三 物語―虎退治譚を乗り越える精神の水脈 

 1昔話の虎 
  負ける虎/だまされる虎
 2虎退治譚の系譜 
  古典文学、歴史書の虎退治譚/加藤清正と虎退治伝説
 3近代文学者が描いた虎   
  中島敦『虎狩』、『山月記』/萩原朔太郎「虎」/芥川龍之介『虎の話』
 4虎の不在がもたらした文学的不幸からの脱却をめざして 
  近松門左衛門『国姓爺合戦』/一休伝承「屏風の虎」/虎女伝説『曽我物語』
 5人知を超える虎  
  衝撃の虎体験/秀吉を脅かした虎
 6畏れと真実さのシンボル 
  巨匠クロサワの虎/『ジョゼと虎と魚たち』

日本人の非日常と日常に棲息する虎たち ー日本十二支考〈寅〉生活文化篇

『帝京大学文学部紀要 日本文化学』https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/tos4-3.html 第41号 2010 「日本人の非日常と日常に棲息する虎たち」 濱田 陽  李 珦淑(イ・ヒャンス) 
全文を読む https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/nichibun41-05.pdf

・韓中日の共通文化の中に根づく象徴体系を比較する。 ・日本の生活編を執筆。虎がいなかったがゆえに日本人は外交や交易を通じて、無病息災と護身のための虎信仰をつくりあげ天皇、貴族、武士、庶民へと伝わっていったこと、この信仰が朝鮮、中国、インドの文化との関わりのなかでこそ生まれたことを考察した。

1 虎と日本人
  日本の虎の由来/虎と江戸の絵師たち/見世物や獲物にされた虎
2 戦いのシンボル
  聖徳太子、源義経/戦国武将と金鯱/白虎隊、千人針/タイガーマスク、阪神タイガース
3 日常に溶け込んだ虎
  虎の子渡し(龍安寺石庭)/虎になる/虎皮のふんどし/虎列刺、虎斑竹、虎ノ門/虎屋/『男はつらいよ』の寅さん 

神道をめぐる一考察 —日本人の神(カミ)意識にいたる道—

カトリック・ミラノ宣教会 2010.3.9

(An Inquiry into Shinto: A Path to Understand the Japanese Feelings for Kami)

Ⅰ神道をどうとらえるか

神道をめぐる疑問 (Questions about Shinto)
〈faith〉〈thinking〉〈relationship〉〈ethos〉 〈object〉
神道の定義(濱田案)
習合と分離の視点
様々な神道論

Ⅱ日本人の神(カミ)意識

神(カミ)と日本人の宗教性についての観想(contemplation on Kami and Japanese religiosity)

Ⅲ 結論

「日本文化と哲学」ー日本文化史上のユニークな「思想家」

 日本文化と哲学 I
 http://www.e-campus.gr.jp/syllabus/current/syllabus/SY_1037.htm

 日本文化史上のユニークな「思想家」として聖徳太子、空海、親鸞、道元、日蓮の五人を中心に取り上げ、彼らを生み育んだ文化的条件、また、その思想と事蹟が日本文化に与えた影響について学ぶ。さらに、この思想家たちの「哲学的思考」のエッセンスを取り上げ、現代に通じるメッセージを見出す。
 春学期には、これら五人のライフヒストリーに注目し、当時の文化的背景、後世文化への影響、現代に再評価すべき哲学・思想のエッセンスについて、基礎的知識を培う。さらに映像授業も取り入れ、多角的な理解を促進する。

 日本文化と哲学 II
 http://www.e-campus.gr.jp/syllabus/current/syllabus/SY_1038.htm

 日本文化史上のユニークな「思想家」として聖徳太子、空海、親鸞、道元、日蓮の五人を中心に取り上げ、彼らを生み育んだ文化的条件、また、その思想と事蹟が日本文化に与えた影響について学ぶ。さらに、この思想家たちの「哲学的思考」のエッセンスを精査し、現代に通じるメッセージを見出す。
 秋学期には、春学期に身につけた知識を基礎とし、これら五人の著作の中から重要な節を取り上げて、哲学的思考の展開と深まりを具体的に辿っていく。
 さらに、鈴木大拙、柳宗悦、西田幾多郎、宮沢賢治、司馬遼太郎など近代日本の哲学者・思想家・文学者によるこれら五人の著作の読解や、現代日本における受容にも照明を当てる。

「宗教性の行動と相互信頼社会」『社会貢献する宗教』

・科学研究費基盤研究(B)「宗教の社会貢献活動に関わる比較文化・社会学的研究」の成果  ・宗教が社会問題に向き合う必要性、そのための社会的条件、社会関係資本としての宗教の可能性を考察する。。http://keishin.way-nifty.com/scar/
1446
「宗教性の行動と相互信頼社会」『社会貢献する宗教』濱田陽 世界思想社 (2009/12/17)
稲場 圭信, 櫻井 義秀編
宗教と社会の互恵性へ――「宗教の社会貢献」という積極的なテーマを掲げ、宗教が社会問題に向き合う必要性、そのための社会的条件、社会資本としての宗教の可能性を考察する。宗教者・宗教団体が行っている様々な社会貢献活動も詳しく紹介。

・濱田陽は、従来の宗教経験論(J・ヴァッハ等)の限界をふまえ、宗教性の行動を「自らの知覚と力を超えたある尊い何かに依拠してなす行為」と規定し、複数のそれが共存する相互信頼社会の三条件として自由、非暴力性、正当な評価を論じた。 

目次
■第Ⅰ部 宗教の社会貢献を考える
 第1章 現代宗教に社会貢献を問う(櫻井義秀)
 第2章 宗教的利他主義・社会貢献の可能性(稲場圭信)
 第3章 宗教性の行動と相互信頼社会(濱田 陽)

■第Ⅱ部 社会貢献する宗教の動向
 第4章 神社神道と社会貢献の関わりを考える(藤本頼生)
 第5章 平和をめざす宗教者たち ― 現代日本の宗教者平和運動(大谷栄一)
 第6章 情報化社会における宗教の社会貢献(黒崎浩行・吉野航一・寺沢重法)
 第7章 地域社会における「宗教の社会貢献活動」 ― 札幌市の宗教施設を事例に(吉野航一・寺沢重法)
 第8章 主要教団の社会活動に関する調査(猪瀬優理)

文献解題 宗教の社会貢献活動研究(板井正斉・葛西賢太)

「虎退治譚を乗り越える精神の水脈」『十二支神 호랑이トラ』

『十二支神  호랑이 トラ』李御寧編 생각의 나무 センガゲナム出版 2009/12/15  A5, 324ページ
Photo

・東北アジアの文化的理解のため、ユハンキンバリーの社会貢献研究事業として文化学者李御寧(梨花女子大学名誉教授)が企画・責任編集。十二支動物シリーズの第一弾。 ・虎(寅)の韓中日文化における共通性と差異性を分析する。 ・濱田陽は、韓国・中国と異なり、縄文時代以降の虎の不在が日本特有の虎に対する民俗信仰をつくり出し、他方で虎退治譚にみられる異文化への恣意的姿勢につながったことを分析(植民地時代に韓国の虎は絶滅)。 ・さらに、その限界を乗り越える思想を日本文化そのものにおいて内在的に探求した。 ・日本の語源編、文学編、生活編を執筆。

韓日中のトラの絵はどう違う?
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=124251&servcode=400§code=400

序論 虎の韓中日文化コード 李御寧

第一部 虎の生態と語源
1)虎の生態と歴史…オ・チャンヨン(ソウル大教授 動物学)
2)虎の語源…ジン・テハ(インジェ大教授 漢字語源)
3)日本の虎認識と語源説…濱田陽(帝京大准教授)

第二部 虎の物語
1)文学と説話の中に現れる虎…崔仁鶴(アジア説話学会会長)
2)虎と中国の民譚…ユ・ゲリ(中国民族学会会長)
3)虎退治譚を乗り越える精神の水脈…濱田陽(帝京大准教授)
4)ウィリアム・ブレイクのザ・タイガー…イ・テドン(西江大教授)

第三部 虎と信仰
1)民衆信仰の中の虎…千鎭基(国立民俗博物館研究課長)
2)中国の民間信仰の中の虎…鄭在書(梨花女子大学教授)    
3)虎と僧(明恵・元曉・玄奘)―犠牲と共生の物語…山折哲雄
             (国際日本文化研究センター名誉教授)
4)儒・仏・禅三教と虎…イ・ヨンジュ(前成均館大東アジア学術院教授)

第四部 芸術と虎
1)伝統芸術と虎…ユン・ヨルス(カフェ博物館・民画博物館館長)
2)中国の伝統芸術と虎…イ・ドンチョル(ヨンイン大学)
3)韓・中・日の虎の比較考察…ユン・ヨルス(民画博物館館長)
4)大衆文化の中の虎…パク・ギュテ(漢陽大学 日本言語文化学部)

第五部 虎と日常生活
1)歳時記と遊びに現れる虎…千鎭基
2)倀鬼論…キム・ガンサン(テベク文化院長)
3)虎食葬…キム・ガンサン
4)ソウル虎…キム・ホグン(ソウル市文化史学会理事)
5)日本人の非日常と日常に棲息する虎たち…濱田陽・李珦淑(イ・ヒャンス)
6)虎とその他の十二支神動物の関係網…千鎭基チョン・ジンギ

第45回日韓・韓日協力委員会合同総会

第45回日韓・韓日協力委員会合同総会
平成21年12月7日(月) 午前9時00分~午後6時
グランドプリンスホテル赤坂「五色2階 五色の間」

「討論−共存と交流の礎」
本会議 発表・討論 

政治分野(北東アジア協力体制の形成と日韓の役割) 
(発表) 渡辺 利夫 拓殖大学 学長(日)
(発表) 金 浩 燮 中央大学校 国際関係学科教授(韓)
(討論) 野副 伸一 亜細亜大学 アジア研究所長(日)
(討論) 陳 昌 洙 世宗研究所 日本研究CENTER所長(韓)

経済分野(G20と日韓経済協力)
(発表) 北畑 隆生 (財)世界平和研究所 副理事長(日)
(発表) 玄 旿 鍚 韓国開発研究院 院長(韓)
(討論) 坂田 一郎 東京大学 政策ビジョンセンター教授 (日)
(討論) 李 鍾 勲 韓国経済学会 名誉会長(韓)

社会・文化分野(北東アジア文化の多様性と共生)
(発表) 小倉 紀蔵 京都大学大学院 准教授(日)
(発表) 金 容 雲 漢陽大学校 名誉教授(韓)
(討論) 濱田 陽 帝京大学文学部 准教授 (日)「共存と交流の礎」
(討論) 南 時 旭 光化門文化FORUM 会長(韓)

環境分野(北東アジアの環境問題と日韓協力)
(発表) 岡松 壮三郎 (財)工業所有権協力センター 理事長(日)
(発表) 秋 長 珉  韓国環境政策平価研究院 先任研究員(韓)
(討論) 細田 衛士 慶応義塾大学 経済学部教授(日)
(討論) 鄭 瑞 溶 高麗大学校 国際学部教授(韓)

『十二支神 호랑이 トラ』

李御寧編 생각의나무センガゲナム出版 2009/12/15  A5, 324ページ
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「일본의 호랑이 인식과 어원설日本の虎認識と語源説」「 호랑이 퇴치담을 뛰어넘는 정신의 수맥虎退治譚を乗り越える精神の水脈」「일본인의 비일상과 일상에 서식하는 호랑이들日本人の非日常と日常に棲息する虎たち」

韓中日の共通文化の中に根づく象徴体系を比較する学術書。李御寧・梨花女子大学名誉教授(韓国初代文化相)が企画・編集を行い、十二支動物をテーマに出版刊行される。・筆者は、日本の語源編、文学編、生活編を執筆。虎がいなかったがゆえに日本人は外交や交易を通じて、無病息災と護身のための虎信仰をつくりあげ天皇、貴族、武士、庶民へと伝わっていったこと、この信仰が朝鮮、中国、インドの文化との関わりのなかでこそ生まれたことを考察した。

한·중·일 호랑이 그림은 어떻게 다를까
http://article.joins.com/article/article.asp?total_id=3933470
http://www.imaeil.com/sub_news/sub_news_view.php?news_id=56123&yy=2009
http://news.hankooki.com/lpage/culture/200912/h2009122522373184210.htm

도서 상세정보
http://book.joins.com/yes24/item.asp?isbn=9788984986084

韓日中のトラの絵はどう違う?
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=124251&servcode=400§code=400

文献解題「濱田陽『共存の哲学—複数宗教からの思考形式』弘文堂、2005年」『社会貢献する宗教』

「文献解題 宗教の社会貢献活動研究」 坂井正斉・葛西賢太 『社会貢献する宗教』世界思想社、2009
 
 文献解題 宗教の社会貢献活動研究 by 坂井正斉・葛西賢太
 6平和と共存の原理
「濱田陽『共存の哲学—複数宗教からの思考形式』弘文堂、2005年」

本書は、複数宗教間の対話を担った会議、団体や人物、作品を広範に吟味する。”飛び入り”の異教徒の演説が聴衆の強い支持を得ながらも公式に評価されなかったシカゴの万博宗教会議、宗教間の交流を目指しながらも国家単位の交流になってしまう課題を残していた世界宗教者平和会議、マザー・テレサへの深い敬意とともに彼女のキリスト教信仰にはとまどいを覚える無宗教の聴衆の列など、宗教間対話の「裂け目」を、目をそらさず、切り捨てずに検討する過程が、エキサイティングである。安易に折衷様式を求めるのではなく、一人一人が特定の宗教や立場(無宗教を含む)に真摯に身を置きながら、違和感やとまどいに取り組むことで、無宗教者も含めた他者との対話と理解が生まれるのではないかと濱田は希望を説く。(本文抜粋)

「日本人の信仰と想像力東アジアをつなぐ亥・寅・辰

『第1回韓中日文化シンポジウム 発表論文集』2009.10.23 
『제 1회 한중일문화 국제심포지엄 발표논문집』
「韓中日共有文化の探索と戦略ー持続と発展 한중일 공유문화의 탐색과 전략-지속과 발전」
発行:財団法人韓中日比較文化研究所

(財)韓中日比較文化研究所 論文サイト
 http://www.3asia.org/modules/doc/index.php?doc=search&___M_ID=41

 [발표논문] 일본인의 신앙과 창조력
하마다 요
한.중.일 비교문화연구소, 한.중.일 비교문화연구소 간행물
제1회 한중일문화 국제심포지엄 / 2009
사회과학

濱田陽 pp.195~246,  

3部 東アジア共同体と信仰 동아시아 공동체와 신앙
「日本人の信仰と想像力東アジアをつなぐ亥・寅・辰」
「일본인의 신앙과 창조력-동아시아를 잇는 亥・寅・辰」

目次 

1. 序 先人の精神と対話する 선인의 정신과 대화한다
2. 亥-畏れ親しむ自然 외경하며 친근한 자연
3. 寅―国際性と真実 국제성과 진실
4. 辰―聖霊に比較すべき霊性 성령에 비교해 할 영성
5. 結 東アジアをつないでひらく 동아시아를 이어서 연다

參考文獻

第1回韓中日文化国際シンポジウム『韓中日共有文化の探索と戦略-持続と発展』

20091022112212559

第1回韓中日文化国際シンポジウム 
『韓中日共有文化の探索と戦略-持続と発展』

日時:2009年 10月23日(金)
場所:国立中央博物館 大講堂
主催:(財)韓中日比較文化研究所・海外文化弘報院

(財)韓中日比較文化研究所 論文閲覧サイト   http://www.3asia.org/modules/doc/index.php?doc=search&___M_ID=41

濱田陽「일본인의 신앙과 창조력 日本人の信仰と想像力ー東アジアをつなぐ亥・寅・辰」 pp.229~246 (18pages)

 十二支から亥(い)・寅(とら)・辰(たつ)の文化象徴を取り上げて日本人の信仰と創造力を見つめ、東アジア文化の持続と発展を展望したい。
 日本の亥=猪は山の神であり畏れの対象である。これに、親しみの対象である韓国・中国の亥(豚)を合わせることで、自然と文化の関係を広い視野をもって考察できる。寅は、多くの資源を輸入して文化をつくってきた日本人の国際性を写す鏡であり、身近にないものを取り入れる情熱と危うさを教えてくれる。辰は、権威があり側に現れ守護してくれる、ユビキタスな(どこにでも存在する)運動体であり、西洋のキリスト教伝統の最良の精神にも比較すべき霊性をもつ。
 文化象徴を通じて私たちは東アジアをつなぎ、新たな文化創造の手がかりを得、より広い世界へとひらいていくことができる。

하마다 요 「일본인의 신앙과 창조력」

십이지에서 亥・寅・辰의 문화상징을 채택하여 일본인의 신앙과 창조력을 주시하여 동아시아문화를 전망하고 싶다.
일본의 亥=猪는 산신(山神, 야마노카미)이며 외경의 대상이다. 여기에 친밀감의 대상인 한국·중국의 亥(豚)를 맞대어 자연과 문화의 관계를 넓은 시야로 고찰할 수 있다. 寅은 많은 자원을 수입해서 문화를 만들어 온 일본인의 국제성을 비추는 거울이며 가까이에 없는 것을 도입하는 정열과 위태로움을 가르쳐 준다. 辰=龍은 권위가 있으며 가까이에 나타나 수호해 주는 유비쿼더스 운동체로서 서양 크리스트교 전통의 최량의 정신에도 비교할 수 있는 영성을 가진다.
문화 상징을 통해서 우리들은 동아시아를 이어서 새로운 문화 창조의 실마리를 얻어 보다 넓은 세계를 향해 열어 갈 수 있다. 

【韓日中シンポジウム】東洋には人魚姫ではなく‘人魚男’がいる
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=121934&servcode=A00§code=A00
동양엔 인어아가씨 아닌 인어아저씨 있다
http://news.joins.com/article/263/3836263.html?ctg=17
한중일 문화 유전자를 탐색한다
http://www.newsprime.co.kr/news/articleView.html?idxno=103686

「宗教と博覧の近代史」『博覧の世紀ー消費/ナショナリティ/メディア』

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2009/7 梓出版社 福間良明・難波功士・谷本奈穂編 


・学際的視点から地方博覧会に焦点をあて、近代以降の国民の「博覧」体験を解き明かす。

・科学研究費基盤研究(C)「地方博覧会の文化史的研究」の成果。学際的視点から地方博覧会に焦点をあて、近代以降の国民の「博覧」体験を解き明かす。
・濱田陽は、1893年のシカゴ万博と万国宗教会議が連動した史実をふまえ、西本願寺と日本初の京都博覧会、伊勢神宮と戦後初の伊勢志摩観光と平和博覧会、万博基督教館、南紀熊野体験博など、宗教と博覧の見えざる親和性を分析した。

目次
第一部 消費の博覧
第二部 文化への視線
第三部 ナショナリティとローカリティ

メディア研究、社会学、歴史学、政治学、宗教学、サブカルチャーなどの視点から地方博覧会に焦点をあて、近代以降の国民の「博覧」体験を解き明かす。 企業広告、パヴィリオン、家庭電化、洋服、「食」と百貨店物産展、宗教、コンパニオン、アニメ、オタク、植民地主義と大衆芸能、北海道、国防科学技術、聖戦・・・・・・まなざし、ななざされる時代を解き明かす。

著者 難波功士(関西学院大学社会学部教授) 村瀬敬子(佛教大学社会学部講師) 石田あゆう(桃山学院大学講師 谷本奈穂(関西大学総合情報学部准教授) 濱田 陽(帝京大学文学部准教授) 高井昌吏(早稲田大学文化社会研究所客員研究員) 山里裕一(広島修道大学人文学部教授) 宋 安鍾(金沢大学人間社会学域国際学類教授) 坂田謙司(立命館大学産業社会学部教授) 福間良明(立命館大学産業社会学部准教授)

第二部 文化への視線
第五章 宗教と博覧の近代史ーーーーーーーーーーー濱田 陽
はじめに
 日本の宗教文化と博覧会の多様な関係性を考察する。博覧会研究において宗教が俎上に挙げられ  ることはほとんどなく、また、宗教研究においても博覧会が論じられることはまずない。そのた   め、宗教と博覧会という角度から論じることは意外な印象を与えるであろう。しかしながら、宗教  は博覧会にかなり興味深い点で関わっている。以下では、時系列的に明治から平成へ、そして仏   教、神道、キリスト教を中心に、一般に注目されてこなかった宗教と博覧会の関係性を可能なかぎ  り網羅的に取り上げることで、博覧会研究に新たな視点を提供したい。
一 寺社と明治の博覧会
 博覧会開催地としての神社仏閣
 招魂社、明治神宮と博覧会の隠れたつながり
二 伊勢神宮と昭和の博覧会
 神都博覧会
 伊勢神宮復興と三つの博覧会
三 仏教と戦後の平和博
 善光寺開帳と平和博覧会
 日本唯一の宗教平和博覧会
四 キリスト教と大坂万博
 キリスト教館と遠藤周作
 日本のキリスト教界の亀裂
五 聖地熊野と平成の博欄会
 平成の博覧会と癒し・巡礼・祭り
おわりに
 明治から平成まで、博覧会と宗教の意外な関係を拾い上げながら、考察を進めてきた。
博覧会という文化装置は、国家規模では近代国家の確立、帝国主義的野心の実現、戦後の産業振興  と国際社会へのアピールに、そして、地域レベルでは地域振興に利用されてきた。そこでは、一見  宗教はほとんど関与する余地がなかったかに見える。しかし、本章の考察によって、博覧会という  近代の文化装置が宗教に関係する多様な様相が浮き彫りになったといえるだろう。
 こうした考察は、文化装置としての博覧会を宗教文化と切り離してとらえがちな視点を相対化す  る上で有効である。近代以前からの文化的センターたる寺社と博覧会の関係は、明治期にはむしろ  親和的だった。明治期の博覧会では、寺社は、近代的公園が整備される以前に開催地を提供した。  そして、昭和期には、伊勢、長野、金沢において、それぞれの宗教文化的アイデンティティは、博  覧会開催の原動力となっていた。豊かな宗教文化は地方博覧会に特色を与え、賑わい創出に貢献し  てきたのである。また、万博キリスト教館は、キリスト教界の調和と協力をアピールする平和的試  みとして戦後の西洋世界で馴染みの存在となりつつあった催しを、神道や仏教のような伝統をもた  ない日本のキリスト教界が独自に引き継ごうとしたものであった。さらに、平成に入り、宗教的聖  地を博覧会に生かす新しい試みが熊野においてなされた。
 このように文化装置たる博覧会は、日本において宗教文化と想像以上に多様な関係をつくってき  た。その理由は、宗教というものが、地域社会において、長らく文化センターとして観光・産業に  までに関わるような総合的役割を担ってきたところにあると考えることができる。豊かな宗教文化  を有する地域にとって、博覧会は、世俗的領域と宗教的領域の両方にまたがりつつ、活性化の機能  を果たしてきたのである。
 近年、宗教研究においても、観光や地域振興と関わる事例が関心を集めるようになってきた。宗  教、平和、観光、産業などの多分野を横断的かつ総合的に考察するうえで、博覧会という文化装置  は興味深い先例を蓄積してきているといえるのである。

「インターレリジアス・エクスピアリアンスの学」 『宗教多元主義を学ぶ人のために』

03064190 2008/12 世界思想社 間瀬 啓允 編  

・プルーラリズムの時代に宗教はどうあるべきか。宗教理解にパラダイム転換をもたらす宗教多元主義の思想を検証。 

・筆者は、日本の宗教多元状況を「宗教・無宗教の三極構造」として分析し、日本と世界をつなぐ宗教多元主義的なアプローチとしてインターレリジアス・エクスピアリアンス(複数宗教経験)の学を提唱した。

目次 はじめに(間瀬啓允)

■I 宗教多元主義は宗教をどう捉えるか  1 現代の要請としての宗教多元主義(保呂篤彦)  2 宗教多元主義の位相(岸根敏幸)  3 宗教多元主義のもつ仮説性(若林 裕)

■II 宗教多元主義は何でないか  1 宗教多元主義は日本人の無宗教的現状を肯定するイデオロギーではない(西谷幸介)  2 宗教多元主義は宗教を相対化するものではない(山梨有希子)  3 宗教多元主義はキリスト教を擁護するためのものではない ― グローバル倫理を目指すもの ― (郷 義孝)

■III 宗教多元主義をどう見るか  1 イスラーム研究から見た宗教多元主義(塩尻和子)  2 キリスト教研究から見た宗教多元主義(笠井惠二)  3 仏教研究から見た宗教多元主義(高田信良)  4 日本の新宗教から見た宗教多元主義(島薗 進)

■IV 宗教多元主義からの「アジェンダ21」  1 信仰告白(稲田 実)  2 宗教間の対話と共生 ― エキュメニカルな視座から ― (神田健次)  3 平和への実践(斎藤謙次)  4 死の看取りとスピリチュアリティ(坂井祐円)  5 愛と救済 ― 遠藤周作『深い河』 ― (長谷川(間瀬)恵美)

■V 宗教多元主義の新しいシナリオ  1 インターレリジアス・エクスピアリアンスの学(濱田 陽)  2 宗教的多元社会の成熟に向けて ― 多元主義モデルの原理採択 ― (間瀬啓允)  3 宗教教育 ― 新時代への模索 ― (津城寛文)

私の薦めるこの一冊 ― 宗教多元主義を学ぶ人のために ― おわりに(間瀬啓允) 人名索引・事項索引  最後に、インターレリジアス・エクスピアリアンスの学が採用する研究方法について、かんたんに述べておきたい。この学では、事例研究が必須である。そのため、書かれた文章やインタビューなどから、個人の経験を抽出して、経験総合として分析することになる。その場合、必ずしも日本の事例だけにこだわる必要はない。インターレリジアス・エクスピアリアンスは、たしかに日本人にとって、宗教間対話よりもいっそう当事者性を高めるものであるが、このコンセプトは、本来、人間一般に関わるものとしてデザインしてあるからだ。たとえば筆者は、宗教の違いを

 このように新しいコンセプトを構成した上で、事例を集める方法論に対して、客観性がない、との批判もあるだろう。しかし、深刻な限界の陰に、興味深い共存の事例がかくされており、それが人間経験の一部であることに変りはない。人間は、ダイヤモンドの原石のような自然資源については、切り出し、磨き、デザインして活用している。誰もそうして得られた美しいジュエリーを、客観的でない、とはいわないだろう。経験についても、価値あるものをみいだし、彫琢して、共存のために役立てるべきではないだろうか[i]。それは人間が自身に贈る心の宝石なのである。

 「私の薦めるこの1冊」   濱田陽著 『共存の哲学 —複数宗教からの思考形式—』 弘文堂、2005年  宗教間対話論において、宗教学が充分に研究対象としてこなかった複数宗教に関わる経験を、無宗教をも含めて、考察している。 ‘inter-religious experience' を鍵概念として、マザー・テレサから環境問題まで幅広い事例を分析し、共存のための哲学を探求している。

(本文抜粋)

「戦争と日本宗教の軋轢の彼方へ」 『東アジアの終戦記念日—敗北と勝利のあいだ』

9784480063731 佐藤卓己 孫安石編 ちくま新書 253頁 2007年7月

・「8・15終戦記念日」の神話化過程を国内外の主要メディア記録に基づき実証的に明らかにした共同研究。科学研究費基盤研究(B)「20世紀東アジアにおけるメディア産業と地域社会の変容に関する国際共同研究」の成果。  ・筆者は、超教派紙『中外日報』(創刊113年)を分析、日本宗教界の「終戦」認識、「終戦記念日」がお盆期間に重なる日本の特殊性を宗教学的に考察した。                 ・さらに、現行「終戦記念日」に代わり8月13−16日を中心とする「戦没者追悼期間」を提案した。

1 日本の「八月一五日」神話(「八月一五日」の神話化を超えて

戦争と日本宗教の軋轢の彼方へ,「八・一五」でも終わらなかった北海道の戦争, 沖縄における「終戦」のゆらぎ

2 南北朝鮮の光復と解放(朝鮮における「解放」ニュースの伝播と記憶)

ソ連占領期北朝鮮における解放イベント

3 台湾・中国の抗日戦争記念日(台湾の光復と中華民国

中国の抗戦勝利記念日のポリティクス, 戦後中国の「戦勝」報道)

刊行に先立ち2006年12月2日に東京大学にてシンポジウムを開催、閉じられた8月ジャーナリズムから国際的に開かれた9月ジャーナリズムへの転換を各メディアに提起した。科学研究費補助金・基盤研究B「20世紀東アジアにおけるメディア産業と地域社会の変容に関する国際共同研究」の成果の一つ。

「お盆」の記憶と終戦記念日」『資料で読む世界の8月15日』

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2008/7/1 川島真・貴志俊彦編 山川出版社

(佐藤卓己、白木沢旭児、福間良明、水野剛也、川島真、小林聡明、貴志俊彦、サーラ・スヴェン、本田毅彦、林孝庭、寺山恭輔、孫安石、塩出浩和、藍適、根本敬、濱田陽)

・『東アジアの終戦記念日』(ちくま新書)と異なり、高等学校教材として資料解説に力点を置き、米英独、香港、シンガポール、ビルマ、インドなど新たに5割の事例を加えた。

     

・筆者は、『中外日報』に加え、『キリスト新聞』『神社新報』を資料に用い、戦時中、忠霊塔問題等をめぐって必ずしも一致を見なかった日本宗教界が、ほぼ一致して終戦の詔書に受け入れの姿勢を示したことを明らかにした。さらに、「お盆」の慣習が戦時中に抑圧されていた点にも照明を当てた。

沖縄や北海道、朝鮮半島や台湾、満洲、中華民国、そしてアメリカ・ソ連・ドイツ、さらに南アジア・東南アジアの国々で終戦/敗戦の記憶はどのように意識されたのか。メディアによってつくられた8月15日。

第1部 日本における終戦/敗戦記念日(八月十五日のメディア神話;「お盆」の記憶と終戦記念日;北海道・北方における終戦記念日;沖縄における「終戦の日」;アメリカの日系新聞にもる「終戦」記念日)


第2部 台湾・朝鮮・満洲の光復/解放記念日(台湾の八月十五日;大韓民国の八月十五日;朝鮮民主主義人民共和国の八月十五日;戦後満州の八月十五日)


第3部 世界の戦勝/敗戦記念日(ドイツの新聞でみる「終戦」;イギリスにおける戦勝記念日;アメリカの対日戦勝;ソ連における対日戦勝記念日;中国における抗戦勝利記念日)


第4部 東南アジア・南アジアの戦勝/解放記念日(香港における戦勝と解放;シンガポールの戦勝と「独立」;ビルマにおける戦勝と解放;インドの独立記念日)

 濱田陽は第二章「「お盆」の記憶と終戦記念日」(19-30頁)を担当執筆。日本、北海道、沖縄、日系人、台湾、南北朝鮮、満州、米英独、ソ連、中国、香港、シンガポール、ビルマ、インドにおける終戦、敗戦、解放、勝利に関わる新聞報道を紹介、分析している。


 科学研究費補助金・基盤研究B「20世紀東アジアにおけるメディア産業と地域社会の変容に関する国際共同研究」の成果の一つ。

『A New Japan for the 21st Century. An Inside Overview of Current Fundamental Changes and Problems』

51a1ih5ekkl_bo2204203200_pisitbst_2 2008/3/1 Routledge (London/New York)

(Rien T. Segers, Nobuyoshi Yamori and Narunto Nishigaki, Taizo Yakushiji, Takashi Inoguchi, Toshihisa Nagasaka, Kazuo Ogoura, Koichi Iwabuchi, Shoji Yamada, Yumiko Hada, Kei Ushimura, Junko Saeki , Tetsuo Yamaori , Yo Hamada, Hisashi Owada, Rien T. Segers)

 政治、経済、法律、宗教などの専門的見地から過去10年の日本の変化について欧米社会へステレオタイプを乗り越える知見を提供することを目的とする。

・国際日本文化研究センター・共同研究「TOWARDS A NEW JAPAN? -Bridge the perception Gap Concerning Japan’s Contem-porary Cultural Identity」の成果。 過去10年の日本の変化についてステレオタイプを乗り越える学術的知見を欧米社会に発信・提供する意図で編まれた論文集。国際日本文化研究センター共同研究の成果。                              ・濱田陽は第13章Japanese Religiosity amid the Changing Chaos of Several Forms of Nationalism(ナショナリズムの諸形態の変化するカオスと日本の宗教性・50枚相当)を執筆。論文「ナショナリズム諸形態の変化するカオスにおける日本の宗教性」で、戦後日本の「無宗教ナショナリズム」と近年の変化を、宗教ナショナリズム、文化ナショナリズムの潮流と比較しつつ探求した。  

Preface List of Contributors

Part I: Introduction1. A New Japan in the Twenty-First Century: Introduction to a Changing Nation "Rien T. Segers"

Part II: Business and Technology 2. Japanese Banks: The Lost Decade and New Challenges "Nobuyoshi Yamori and Narunto Nishigaki" 3. Japan's Current and Future Technological Agenda's "Taizo Yakushiji"

Part III: Politics, Governance and Foreign Policy 4. Japanese Contemporary Politics: Towards a New Interpretation "Takashi Inoguchi " 5. Japan as a Changing Civil Society: Public Philosophy and the Three-Sector Model "Toshihisa Nagasaka " 6. Major Developments in Japanese Foreign Policy since the Mid-1990's "Kazuo Ogoura "

Part IV: Social Issues 7. Symptomatic Transformations. Japan, the Media and Cultural Globalization "Koichi Iwabuchi " 8. Re-identified Japan: Cultural Turns in Television Commercials after the 1980's "Shoji Yamada " 9. Current Changes within the Japanese Higher Education System: Past and Future "Yumiko Hada " 10. The 'Class A War Criminal' Syndrome: Changing Historical Consciousness in Present Day Japan "Kei Ushimura " 11. Beyond the Geisha-Stereotype: Changing Images of 'New Women' in Japanese Popular Culture "Junko Saeki "

Part V: National Identity 12. Japanese Religion Adrift: A Re-examination of 'Religion' in Post-War Japan "Tetsuo Yamaori " 13. Japanese Religiosity amidst the Changing Chaos of Several Forms of Nationalism "Yo Hamada " 14. In Search of a New National Identity. An Analysis of the National Psyche of Postwar Japan "Hisashi Owada "Part V: Conclusions 15. The Necessity for a Re-interpretation of a Changing Japan "Rien T. Segers"

「日本宗教と通信教育―仏教大学と創価大学の躍進」 『ラーニング・アロン -通信教育のメディア学』

ラーニング・アロン 通信教育のメディア学2008/3/1 佐藤卓己・井上義和編 新曜社 

(井上義和、石田あゆう、佐藤卓己、河崎吉紀、福間良明、青木貞茂、本田毅彦、松下慶太、柴内康文)

・サントリー文化財団研究助成「通信教育のメディア学的研究」の成果。社会関係資本(Social Capital)概念との関わりから通信教育の意義を探求。通信教育初の学際研究論文集。                          ・                     ・筆者は、日本各宗各派の通信教育思想を研究。なかでも浄土系の仏教大学と日蓮系新宗教を母体とした創価大学の通信教育部が、在籍者数全国1位、2位を獲得するに至った諸要因を、思想的側面にまで掘り下げて分析した。・筆者は、濱田陽は第五章「日本宗教と通信教育―仏教大学と創価大学の躍進」(50枚)を執筆。 日本の各宗各派の通信教育への関わり方を宗教家・信者養成、宗教知識教育、一般通信教育の三形態から考察。 浄土宗系の仏教大学と日蓮正宗系新宗教の創価学会を母体とする創価大学が早くから通信教育部を導入、在籍者数全国一位、二位を占めるに至った事実を分析した。

書評  リクルート・カレッジマネジメント 153号 2008年11-12月号 http://www.ushiogi.com/0812learningalone.pdf

「文化象徴による接近―四君子の蘭と十二支の亥―」 『日中文化の交差点』

日中文化の交差点 国際日本学とは何か?2008/3/1 (王敏編)三和書籍

 (孫軍悦、福田敏彦、李国棟、干臣、谷中信一、楊暁文、巌紹湯、劉金才、尚彬、王新生、羅紅光、高橋優子、徐水、王秀文)

・法政大学国際日本学研究所の文部科学省私立大学学術研究高度化推進事業(学術フロンティア部門)プログラム「異文化研究としての日本学」の成果。 ・濱田陽は、プレモダン、モダン、ポストモダンの通時間的境界、及び日中韓の空間的制度的境界を乗り越える存在として、動植物の文化象徴に注目した比較研究を提案した。

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 「内なる環境、未知との共存」 『環境と文明-新しい世紀のための知的創造』

環境と文明 新しい世紀のための知的創造2005/7/1 山折哲雄編 NTT出版

 A5判、342頁。

第1部 環境と文明-二十一世紀における日本の役割(挨拶 日本文明に課せられた宿題 基調講演 エコ・エコノミー-地球のための経済を構築する パネル・ディスカッション エコ・エコノミーがつきつけた問い 論文1 内なる環境、未知との共存 濱田 陽ほか) 第2部 新しい文明の創造のために(日本文明における「強い歴史」とは-山折哲雄氏の問題提起をめぐって 「文明の交流史観」はどこへ向かうか-伊東俊太郎氏の問題提起をめぐって 稲作漁撈文明のエートスに何を学ぶか-安田喜憲氏の問題提起をめぐって 現代文明の危機をどう見るか-園田英弘氏の問題提起をめぐって ほか)

  ・国際日本文化研究センター・文明研究プロジェクト(2001−2004)科学研究費基盤研究(A)「グローバル時代における「文明」間の衝突・融合・共存に関する総合的研究」の成果。  共同研究報告書57 http://www.nichibun.ac.jp/lib/pub/kyodo/57.html  

   ・濱田陽は、地球環境学者L・ブラウンとその対論者B・ロンボルグの環境論を分析し、外的環境への傾斜という共通性を指摘。内的環境の重要性および宗教伝統と地球環境問題の関係について論じた。                            ・                 ・ワシントンの地球政策研究所でのブラウン氏への筆者インタビューも収録。氏の宗教観を初めて紹介した。・筆者は、宗教、文化の違いによる環境観に着目し、地球環境学の権威レスター・ブラウンとその対論者ビヨルン・ロンボルグの環境観を分析して、宗教研究の立場からの環境論を考察。また、ワシントンでの筆者によるブラウン氏へのインタビューを収録、地球環境問題に対する日本の役割について論じた。地球環境問題に対する日本の役割について論じた。

   [論文1]内なる環境、未知との共存   濱田 陽

   1. 転換期と修正論  2. 「地球の顔」の読み取り方  3. ブラウン=ロンボルグ  4. 内的環境 /内的環境の重要性、外的環境と内的環境、内的環境の研究  5. インターレジリアス・エクスピアリアンスと「道の経験」  6. 未知との共存  7. ライブ・トーク-レスター・ブラウンの内的環境 /多言語で紹介される『地球白書』 ブラウン氏は宗教をどう見るか  ブラウン氏はどのような先祖をもっているか ブラウン氏の活動はどこからくるか ワシントンDCという町  環境問題と日本 ブラウン氏が影響を受けた小説と科学者

「独特な生命力で現れる日本の蘭」 『蘭:韓・中・日文化コードを読む-比較文化象徴事典』

2006/10/1 李御寧編Jonginara出版社(韓国語) 

・文化学者李御寧(梨花女子大学名誉教授 韓国初代文化相)が企画し、四君子「蘭」の韓中日文化における共通性と差異性を研究。                        ・     ・東アジアに共有されてきた文化象徴の比較研究を提唱。自然との関係性に開かれた文化哲学・思想を求める試み。                                      ・筆者は、近現代の中上健次「蘭の崇高」、山本周五郎「蘭」、満州国国花、横山大観「屈原」から松尾芭蕉、山上憶良、平家物語までを扱い文化象徴を分析した。                                

제1장 종교와 사상으로 본 난초/第一章 宗教や思想を通してみた蘭
제2장 문학 속의 난초/第二章 文学の中の蘭
제3장 미술로 본 난초/第三章 美術の中の蘭
제4장 생활 속의 난초/第四章 生活の中の蘭
제5장 오늘날의 난초/第五章 今日の蘭

蘭という花そのもの、そして、その花を愛した古人がつちかってきた文化の魅力は素晴らしいものである。日本の歴史をたどれば、自生するラン科植物やキク科のフジバカマは、日本書記や風土記がつくられ万葉集が成立するはるか以前から知られていただろう。そして、中国の古典とともに香草を表す蘭の字やそれにまつわる故事が伝えられ、鎌倉、室町、江戸を経て、園芸種として発展してきた。

近代以降は、日本の大陸進出や西洋蘭の導入のなかで東洋的価値を付与されるなど曲折を経たが、戦後の高度経済成長にともなって大衆化され、バイオテクノロジーへの対応や野生種の保護などの環境問題ともからんで関係者と愛好家の間で模索が続けられている。

このような流れにおいて、日本人の宗教性という視座から蘭について語ろうとするならば、やはり季節の移ろいを感じ、自然のなかで蘭の独特な生命力を観察してきた古の生活者の経験の総体を、想像してみたい。

それは、人と蘭との命を連続性の中でみる感覚であり、おそらく、日本の蘭文化のなかに時代を通じて発見できる地下水脈ではないだろうか。

そして、半島や大陸の蘭文化、そして、東南アジアや世界の蘭との交流を考えていく上で、対話の通路をひらいてくれる、目立たないが香気をはなつ心の資源であると思うのである。

  (本文抜粋)

『共存の哲学—複数宗教からの思考形式』

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2005/12/1 濱田陽著 弘文堂  A5判、300頁。

京都大学博士学位論文(2003年1月)をもとに全面的に加筆・修正を施した論考。  

  • 序章  宗教、文化、無宗教
  • 第一章 複数宗教からの思考形式
  • 第二章 宗教対話組織の批判的考察
  • 第三章 複数宗教の多様性
  • 第四章 インターレリジアス・エクスピアリアンス
  • 第五章 アメリカとガンディーのIRE
  • 第六章 マザー・テレサの先駆性
  • 第七章 道の経験
  • 結章  共存の哲学
  • 付章  「無宗教」への「対話」 

 拙著をまとめるとき、筆者は、三つのレベルの共存を念頭に置いた。人間間の共存、自然との共存、未知なるものとの共存である。人間にとって、この三つのレベルの共存のいずれもが欠かせない。そのような想いがいつしか胸中を占めるようになった。 

 それぞれの共存は、互いに影響を及ぼし合う。たとえば、人間間の共存は平和、自然との共存は環境の課題に関わるが、この二つの課題は複雑に絡み合っている。また、未知なるものとの共存が崩れるとき、戦争や自然環境破壊などを誘発してしまう懸念が生じる。そして、宗教は、この三つのレベルの共存いずれにも関わっている。だからこそ、宗教にどのような思考形式を導入すれば、全体として共存の展望を切り開くことができるのか、ということにこだわった。 

 また、当初から、宗教について考察する際には、無宗教についても思考していかなければならないと意識していた。なぜなら、特定の信仰をもつ人のみの議論では、トータルな共存は志向できないからである。 

 そこで、筆者は、インターレリジアス・エクスピアリアンス(IRE=inter-religious experience)という思考形式を導き出した(第四章)。それは、「自らの宗教・無宗教に根ざしながら、必然的に他の宗教・無宗教に関わり、その過程で相互の限界を乗り越える、継続的な経験総合」と定義される。  

 IREは、複数宗教経験といってもいい。宗教の複数性を意識する限り、無宗教であって宗教に関わる場合もこれに含まれる。次に、IREの領域を示しておこう。

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(濱田陽「インターレリジアス・エクスピアリアンスの学」『宗教多元主義を学ぶ人のために』間瀬啓允編、世界思想社、2008)

 宗教的経験(religious experience)や宗教間対話(inter-religious dialogue)という言葉は、宗教学や宗教者会議で用いられてきたが、IREという概念構成は、従来なされたことがなかった。宗教的経験は、通常の人間の知覚では認識できない、究極的な実在についての経験と考えられ、だからこそ、哲学、心理学などと別に宗教学という独立した学が必要だと主張されたのであるが、そのような実在があるのかどうかをめぐっては、当然のことながら批判は絶えることがない。また、宗教間対話で主体となるのは、ほとんどが宗教指導者や宗教の専門家であり、重要な営為ではあるけれども、一般人は蚊帳の外であり、神学論争に足をすくわれてしまう懸念もぬぐい去ることができない。 

 これに対して、IREは、究極的な実在を概念の中心に据えることなく、瞬時の回心よりも継続性に注目している。IREは人間の知覚で認識できないものを究極的な実在として普遍化することはないが、人間が多様な宗教文化の象徴言語体系のなかでそれぞれに未知なるものを見出してきた事実を尊重する。 

 また、宗教間対話より格段に広い営為を射程に収めている。対話のみならず、生活、学習、観光、仕事、婚姻(異宗間結婚)などが関係し、自主性をもちながらも他者性を含み、人間として成熟していく経験として構成している。 

 今日、私たちには、望むと望まざるとにかかわらず、ある時間・空間のなかで他の宗教(無宗教)に遭遇せざるをえない必然性が高まる一方である。インターネットやテレビなどメディアからの情報、留学・旅行・出張などの海外体験、外国人との交流から外交問題まで、海外の宗教文化に直面する機会が増大している。また、布教や他者の歓待など、自分の宗教のもつ内的必然性によって他の宗教に関わることもある。 

 そのようなとき、無関心、偏見、差別、衝突など共存の障害となっている限界を乗り越えていく創造性が必要である。拙著では、ガンディーの非暴力とIREの関係について考察し(第五章)、マザー・テレサの事例を詳細に分析した(第六章)。保守的なカトリック信仰を保持しながら、他の宗教の信者や無宗教者に積極的に関わったマザー・テレサの先駆性は、IREの観点からとらえたときにより鮮明に浮かび上がってくる。また、環境問題についても、環境に関わる動機としての内的環境に注目し、さまざまな宗教文化の背景をもつ人間の共存を考えていく上で、IREのような発想が欠かせないことを示した(第七章)。 

 筆者は、IREに至るまで、内村鑑三、ヴィヴェカーナンダ、ロマン・ロラン、遠藤周作、ダライ・ラマなどの事例を吟味し(第一章)、宗教間対話に従事する非政府組織の事例を研究し(第二章)、エルサレムでの宗教間対話プログラムを調査した(第三章)。また、多様な宗教間対話会議に参加し、日本及び世界の宗教伝統の聖地にできる限り足を運ぶよう努めてきた。その過程で、人は自らの宗教あるいは無宗教に根ざしていてよい、しかし、それだけでは足りない、他に関わり他を認める経験に成熟していかなければならない、と感じるようになった。 

 人間は、三つのレベルの共存について深刻な限界を示しながらも、ときに興味深い共存の事例を達成してきている。IREの学は、そうした事例研究により発展していくものなのである。

 (西條剛史・京極真・池田晴彦編著『構造構成主義研究3』2009北大路書房 p230~232著書紹介より抜粋)

P1010002_5

■ 本論文の公表方法と時期

序章

、文化の複

(※インタレリジアスエクスピアリアンス -村、アメリカ、ガンディ-)20023行 日本文化環境論講座紀要第4135-148頁に

第1章

「無宗」への「話」-キリストと、キリスト徒でない者のキリスト式結婚式- 

(※「無宗」との話-チャペルウェディングと日本のキリスト20014行 日本文化環境論講座紀要第387-100頁に

(※「無宗」への話: チャペルウェディングと、日本のキリスト20016行 宗と社723-46頁に

第2章

教対話組織の批判的考察-宗教対NGOの思想、世界議、個人- 

(※諸宗教・無宗のコミュニケション共存の可能性のWCRP決定事項の批判的考察) 19991行  日本文化環境論講座紀要創刊85-98頁に

(※諸宗教・無宗のコミュニケション共存の可能性(尾崎行雄記念賞授賞))19993行 世界と議4238-13頁に一部

(A Study on Possibilities of Communication and Coexistence between Religions and Non-religion 上記英  1999行 The Ozaki Yukio Fellowship for the Future p1-6に一部載 

(※諸宗教・無宗のコミュニケション共存の可能性の件-連にする宗NGOの事例究-) 20002行 日本科平成11年度究助成報告書に一部

第3章 

の多プログラム加者たちの背景的経験ー 

(※インタリリジアスエクスピアリアンスエルサレムのエライジャスクルにおける加者インタビュを中心に-)20012行 社システム究第4133-150頁に

(※ Inter-Religious Experience: Method and Application2001行 ARC: The Journal of the Faculty of Religious Studies

McGill University, Montréal, Canada Volume 29, 2001 p23-47

(※宗教対経験の諸相-JerusalemにおけるElijah Schoolの事例から) 20023行 庭野平和財平成12年度活動助成報告集68-75頁に載 

(※Inter-Religious Experience: Method and Application20029行 UNESCO Chair on Comparative Studies of Spiritual Traditions, Their Specific Cultures and Interreligious Dialogue, the St. Petersburg Branch of the Russian Institute for Cultural Research, The Russian Academy of Scienceに一部載予定

第4章

諸宗教・無宗の複経験の特 (※「宗教対経験の諸相」試論)20003行 日本文化環境論講座紀要第2101-115頁に

第5章

インタレリジアスエクスピアリアンスの仮

(※ Inter-Religious Experience: Method and Application2001行 ARC: The Journal of the Faculty of Religious Studies McGill University, Montréal, Canada Volume 29, 2001 p23-47に一部

第6章 

マザー・テレサの祈りと行動 

(※インタレリジアスエクスピアリアンス-マザー・テレサの祈りと行動~戦争とテロリズムへの批判-) 20022行 社システム究第597-113頁に

終章

アメリカとガンディ

(※宗教対経験の諸相北米の門機をめぐる話と共存の特殊性と世界性20022行 松下際財2000年度(前期)究助成報告書60-61頁に一部載 

(※インタレリジアスエクスピアリアンス -村、アメリカ、ガンディ-)20023行 日本文化環境論講座紀要第4135-148頁に

「Ⅲ−1『共存の哲学ー復習宗教からの思考形式』」『構造構成主義研究3』

第3部 書籍紹介 「Ⅲ−1『共存の哲学ー復習宗教からの思考形式』」濱田陽
『構造構成主義研究3』西條剛史・京極真・池田晴彦編著 2009北大路書房 p230~232

2008年1月に西條剛央氏とあるシンポジウムで知り合い、「構造構成主義」「関心相関性」のキータームに初めてふれたとき、筆者は、それらの意味するところを推し量ろうとしつつ、目新しい言葉に対して誰もがもつような初歩的な抵抗感を覚えた。同時に、共通性、あるいは親和性といってもいいような感覚ももった。なぜなら、筆者も、宗教をめぐって、既存の概念や学問の枠組みに飽き足らず、自身のとらえたものを言い当てるにふさわしいキータームを探求して来たからだ。
 その後、『構造構成主義とは何か』を読み、科学、哲学をはじめ諸学を見据えた人間科学の原理を打ち立てようとして、西條氏がいかに大それた展望のもとで思考実験に取り組んできたかを目の当たりにすることとなった。対する筆者は、宗教研究に軸を置きつつ、関心に応じて科学、哲学の議論を参照してきたにすぎないが、世界の宗教文化全てを、無宗教も含めて考察対象に入れるという、無謀な試みに手を染めてきた。
 西條氏の著作は周到に論理が積み重ねられており、拙著『共存の哲学』は宗教というテーマの性格上、経験と事例にかなりの比重が置かれている。そうした違いはあるが、以上の理由から「構造構成主義」と宗教研究の今後の交流を期待する気持ちが芽生えている。
 今回、自著紹介というかたちで場をいただいたが、『構造構成主義とは何か』で展開された議論について、とくに宗教の領域にあてはめたときにいかなる問題群が浮上するのかという点を、筆者なりにいずれ検討してみたいと思っている。(本文抜粋)

「宗教間対話の未来への一提言」 『現代世界と宗教の課題-宗教間対話と公共哲学』

現代世界と宗教の課題 宗教間対話と公共哲学2005/9/1 蒼天社 四六判、210頁。

(星川啓慈、山脇直司、山梨有希子、斉藤謙次、田丸徳善、濱田陽)

・国際宗教学宗教史会議第19回世界大会 Organized Panel: A Paradigm Shift in Dialogue among Religions: Introducing of ‘Public Philosophy’での報告論文を収録した宗教間対話論集。               ・濱田陽は、宗教と宗教以外、諸宗教諸宗派を排他的に知覚する装置として機能してきた「宗教」(religion)概念の問題性を指摘した宗教概念論をふまえ、宗教間対話論の研究領域への接合を試みた。

    

書評 『宗教研究』 http://ci.nii.ac.jp/naid/110004751658/

The Memory of the Festivals of Obon and the Memorial Day of the End of the Asia-Pacific War

「お盆」の記憶と終戦記念日
・「終戦記念日」をめぐる諸問題
・「戦没者追悼期間」の提案
・ナショナリズムを開かれたものにするお盆の祭

東ASIA宗敎文化學會第1回國際學術大會
日 時 : 2009年 8月 16日(日)∼17日(月)
* 学術発表(16~17日) * 調査旅行(17日午後)
場 所 : 日本北海道大学 学術交流会館
【共同Theme】― 東ASIAにおける宗教文化の移動と変容 ―

「海の自然と賀川豊彦」徳島県民フォーラム

『賀川豊彦の再評価ー21世紀グランドデザイナーとして』
日時:2009年10月10日 13:30〜17:00
場所:あわぎんホール(郷土文化会館)4階大会議室
主催:賀川豊彦献身100年祈年事業徳島プロジェクト実行委員会

海と自然と賀川豊彦 濱田陽
http://d.hatena.ne.jp/kagawa100/20091020/1256174869

・・・「海の自然と人間」という角度から考えますと、海は海底から山、そして宇宙へと縦軸で繋がってきます。また水平軸では世界へと広がっていきます。海というものは、通商、開発、戦争だけではなく、観光、科学・芸術、文学・詩の対象でもあり、誕生から浄土まで愛や友情、孤独などさまざまな人の心を映す鏡です。トータルに自然を眺め、それによって海から慰めと開放性を得られる文明。そういうものを賀川は望まれたのだと思います。そして美しく、発展し、慰めがある、海の向こうの世界と協同できる海洋都市。賀川豊彦はこういうものを世界へと発信されたのではないでしょうか。豊かな自然の中で育った賀川豊彦。現代の、自然の豊かさを享受できない若者はどうすればいいのか?そういった反論が出てくるかもしれません。しかし、賀川は人間自体を自然として眺めておりました。ですから、本当の漆黒、心の闇、宇宙の闇と申しますのは、自然の闇に繋がっていくものではないかと思います。そして、生命というものを大切にされた賀川ですからそういった人びとと一緒に悩み、メッセージを発せられるのではないかと思います。私は賀川豊彦は素晴らしい人物で、可能性に満ちた人だと思います。まるで自然の中で響く音楽のような方だなあと思います。・・・(講演の抜粋)

シンポの内容
http://www.kagawa100.com/tokushimaproject/0910/0910symposium.htm

徳島新聞 鳴潮 10月14日
http://www.topics.or.jp/meityo/news/2009/10/125548069465.html

http://www.topics.or.jp/localNews/news/2009/10/2009_12550508631.html
http://mainichi.jp/area/tokushima/news/20091011ddlk36040285000c.html
http://www.kagawa100.com/schedule/091010symp.htm


「豊かなる川のほとりに――賀川豊彦の未来」 『生活協同組合研究』 

2009.2 No.397 p19-28

「特集 賀川豊彦と現代」  

豊かなる川のほとりに――賀川豊彦の未来

                   帝京大学文学部 准教授 濱田 陽

 一 二つの焦点

   (1) 自然的啓示

   (2) 神聖なるもの

 二 総合的人間性の三重奏

     (1) 信念にもとづく学際性

     (2) 信念の柔軟な社会化

      (3) 信念による複数宗教経験

 三 自然と信念の結合

 彼が逝って(一九六〇)半世紀になろうとしている。いつでも亡き人への想いが熱く沸き起こるわけではない。一時の熱意は,知らずしらずのうちに冷たくなってゆきがちである。したがって,亡き人の記憶は,反芻されなければならない。賀川豊彦を,現代史の混沌とした濁流から取り戻そう。彼は,私たちの社会を心優しく豊かなものにしたが,今日の世界ではひっそりとたたずんでいる。

 なぜ,賀川という人物をふりかえるのか。私たちの心を明るくしてくれるからだ。彼は,近代社会のなかに愛を実践しようとした創造力あふれる先駆者であった。私たちは,メディア,教育,政治によって,さまざまなものを記憶させられ,そこに記憶の競い合いが生じる。しかし、彼のような人物が人々の心の中に住まうことは大切なことだ。

 信念にもとづく学際性,信念の柔軟な社会化,信念による複数宗教経験の三つは,いずれも私たちに大きな示唆を与えてくれる。

 現代では,専門分化が高度に進んだ社会の恩恵を受けつつも,ともすれば人間の総合性を見失ってしまいがちになる。また,どのように社会に関わっていけばよいのか,躊躇し意気をくじかれることも多い。さらに,グローバル化した世界のなかで,多様な宗教の情報にさらされて心を萎縮させられる。

 そのようなとき,賀川の精神は,みずみずしい魅力をもってせまってくる。なぜ学ぶのか,どのように社会にかかわるのか,いかにして異なった人々と共存していくのか。これらの問いに大きなインスピレーションを与えてくれるのだ。そのみずみずしさの根底には,自然への感受性と深い信念の結合がある。これこそ,彼から学ぶべき第一級の知恵であろう。豊かなる川のほとりにしばしたたずみ,私たちもそれぞれの未来に臨もうではないか。  

(本文抜粋)

「賀川豊彦の自然観と宗教」「賀川豊彦の実践とその思想 -公共的活動のあり方を考える-」

「chiba-kagawa091103.pdf」をダウンロード

公共哲学ネットワーク
http://public-philosophy.net/archives/295
シンポジウム動画配信「賀川豊彦の実践とその思想」

■趣旨
前回の賀川豊彦シンポジウム「友愛と公共的知識人」では、賀川豊彦を日本における公共的知識人の先駆けとして位置づける議論が行われた。今回のシンポジウムは、さらに賀川の社会運動・社会活動を公共的活動のモデルとしてどう受けとめることができるのか、小南浩一氏、濱田陽氏のおふたりを迎え、最先端の研究動向をふまえつつ講演いただく。次セッションでは、友愛・公共哲学の観点から賀川の国家・世界構想が現在どのような可能性をもつのか、小林正弥が論じる。パネル・セッションでは、会場の質疑を交えつつ、歴史家、宗教研究者、政治哲学者とそれぞれ専門を異にする3人が賀川豊彦の現代的可能性について語り合う。

2009年11月3日開催シンポジウム
「賀川豊彦の実践とその思想
-公共的活動のあり方を考える-」

セッション113:00~15:00
賀川豊彦の自然観と宗教(濱田陽氏)
賀川豊彦と社会運動(小南浩一氏)
セッション215:10~16:10
賀川豊彦の政治経済構想(小林正弥氏)
パネル・セッション16:10~17:00
登壇者3名によるパネル討議と会場を交えた全体討論
司会進行:石戸光(千葉大学准教授)

公共哲学ネットワーク
賀川豊彦記念松沢資料館 主催
千葉大学地球福祉研究センター 共催

「現代日本人の宗教意識と日本宗教のカリスマたち」

カトリック・ミラノ宣教会 2009.8.11

日本人の宗教
1現代日本人の宗教意識
 「価値観と生活(宗教)意識に関する調査」
 ・信仰と「宗教的な心」による分析
 ・「宗教・無宗教の三極構造」
 ・日本人の宗教意識

2日本宗教のカリスマたち
・聖徳太子:日本で初めて仏教を深く学び、その精神を生きた人
・空海:真理と一体化して、悩める民を包容し励ましつづける人
・親鸞:悪にさえ浸透する救いの光を見出し、日本最大宗派の礎となった人
・道元:禅(Zen)をきわめ、修行(生活の営み)と悟り(救い)を一致させた人
・日蓮:常に迫害を乗り越えて立ち上がり、人々に生きる勇気を与え、哲理をもって国難を訴えつづけた人

書評論文「絶対化を乗り越える平和思想」『平和思想史研究』

(宮田光雄、創文社、2006)
「絶対化を乗り越える平和思想」濱田陽(182-189頁)
フロム、カント、クラウゼヴィッツ、シュミット、シュヴァイツァー等の平和論を広汎に扱った『平和思想史研究』を取り上げ、現代日本における同書の意義を書評論文としてまとめた。現代日本の平和論に与える同書の意義を論じた。

「「宗教と教育」論の死角-日本の各宗各派と通信教育」 『帝京大学文学部紀要』

帝京大学文学部紀要 日本文化学(ISSN 1349-7588) 第39号(2007年度)

2008/3 第39号(167-207頁) 

PDFファイル https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho//ahamada39.pdf

 宗教と教育を論じる際、「公教育と宗教」の議論の影に従来見落とされてきた通信教育のテーマを取り上げ、日本の主要宗教宗派とその系列校の取り組みを個別具体的に紹介、分析した。

 また、通学教育にない学習ニーズに対応しようとする通信教育の性格を、宗教との対比で論じ、技術論のみならず、コンテンツの充実と教育者の熱意が欠かせない要素であることを浮き彫りにした。

「宗教と無宗教~内的環境のルーツ~」 湘南国際村フォーラム

「持続可能な社会へ向けて~“科学”の営み・“こころ”の営み~」 2008/1 湘南国際村フォーラム http://www.k-i-a.or.jp/shonan/work/svf/index.html 【第1日目:各講演終了後に討議者(下記)とのディスカッションを行います】 ◆基調講演「転回期にある科学」   講 師:池内 了(総合研究大学院大学葉山高等研究センター長) ◆セッション1「宗教と無宗教~内的環境のルーツ~」    講 師:濱田 陽(帝京大学文学部准教授) ◆セッション2「科学・宗教・哲学の思考形式を組み合わせる関心相関的アプローチ~構造構成主義の視点から~」   講 師:西條 剛央(日本学術振興会特別研究員) ◆ダイアログ「科学のゆくえ・こころのゆくえ」 【第2日目:前日に引き続き講師と討議者でディスカッションを行います】 ◆総括セッション「科学の視点・こころの視点から見つめなおす持続可能な社会」 【モデレーター】山崎美貴子(神奈川県立保健福祉大学学長) 【討議者】 ・江藤 裕之 (東北大学大学院言語学研究科准教授/湘南国際村学術研究センター客員研究員)リベラル・アーツ ・大塚 隆志(地球環境戦略研究機関主任研究員)環境政策 ・中村 丁次(神奈川県立保健福祉大学教授)栄養学 ・林  容子(尚美学園大学准教授/アーツアライブ代表)アート

「共存の哲宇」『人環フォーラム』

人環フォーラム No. 15  (2004) p52
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/141978/1/jkf015.pdf

「共存の哲宇」一 ハ ー バ ー ド 研 究 集 会 に お け る コ メ ン ト 報 告 か ら /濱田陽

文明研究プロジェクト
「非暴力」史観
非暴力を定義する
平和と環境の根

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